パンデミックや紛争など、企業の経営を脅かす危機が立て続けに起こる不確実性の時代。前編では、日本企業が早期実装を目指すべき「地政学戦略」とは何か、西尾 素己氏に話を伺った。後編となる本稿では、ガバナンスの効いた地政学戦略を実現するために押さえるべきさまざまな地政学リスクと、その対策に臨むためのポイントを同氏にお聞きし、経営や事業に優位性をもたらすためのヒントを探っていく。
自社のサプライチェーンを資本関係まで見直す
──前編では、ビジネスにおける「地政学戦略」の要諦と、日本企業が見直すべき地政学リスクとの向き合い方についてお聞きしました。ここからは、地政学リスクと密接に関わるさまざまな領域において、具体的なリスクと対策方法についてお伺いします。
まずは「サプライチェーン」に関してです。“地政学リスク”という言葉を聞いて、最初に連想する方も多い領域かと思いますが、ここでの具体的なリスクとは何でしょうか。
西尾 素己氏(以下、敬称略):まず、近年のエネルギー安全保障や、国家間の対立による供給の不安定化などを通して、特定の国・地域へ依存するサプライチェーンの形は、それ自体がリスクであることを多くの方が実感したと思います。これからの時代、一国依存型ではステークホルダーから「サプライチェーンが弱い」と判断されてしまい、たとえばインデックス投資を受けられないなどの弊害が発生するでしょう。
また、前編でも述べましたが、労働者に対する人権問題などもサプライチェーンに纏わる地政学リスクといえます。問題が指摘されている国・地域からの輸入を行うことが、企業のブランドを低下させ、果てにはブラックリストに入ってしまう可能性もあります。
──どうやってそのリスクを回避すればよいのでしょうか。
西尾:やはり、自社が関わっているサプライチェーン全体の可視化は必要でしょう。その上で、リスクを最大限に排除するためには単なる物流・商流だけでなく、資本関係や関係会社における役員の経歴など、膨大なデータを分析しなければなりません。
──グローバル規模でサプライチェーンを細部まで可視化するとなると、非常に手間がかかりそうですね。
西尾:実際、障壁もたくさんあります。たとえば、原料の生産者から自社による製品製造までのサプライチェーンを可視化したいとしましょう。これまでは把握できていなかった非効率な部分や、余計にコストを費やしている事実が明らかになるかもしれません。
ただ、グローバルサプライチェーン全体を完全に把握するのは、簡単でなことではありません。製品に使う原料の生産国で、どれほどの生産者や買い付け・仲介業者が関わっているのか。現地で港や空港にたどり着くまでに、どういった経路をたどり、どのような業者が運搬を担っているのか。すべてをデータで把握し、現地での流通体制や業者間の関係性などを一社のみの力で変えるのは、非常に困難です。こうした課題から、なかなかサプライチェーンの可視化が思うように進まないという現実もあるようです。
──資本関係のデータも分析するとなると、サプライチェーンの可視化によってむしろ都合の悪い事実も明らかになってしまう可能性がありそうですね。
西尾:実際、資本関係を洗い出してみたら特定の軍事組織やテロ組織と関わりのある人物・企業が出てきたり、知らぬ間にそういった勢力と関わりのあるファンドから資金提供を受けていたりと、思いもよらぬ事実が明らかになる可能性もあるかもしれません。
たとえば米国で事業を展開する企業が、思わぬ接点で米国と敵対関係にある政治団体や軍事組織と関わってしまえば、たちまち信用を失い、事業の存続が危ぶまれることになるでしょう。
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