最近スタートアップ界隈で耳にすることも多くなった「信託型ストックオプション」という言葉、正しく理解していますか?「信託ストックオプションを発行したことが理由で上場できなかった」などという誤った噂が流れることもあるなど、なんとなく難しそうな印象を抱いている人も多いかもしれませんが、実際には、設計や運用に注意が必要なものの、信託ストックオプションスキームそのものが上場審査でNGになるわけではありません。今回は、そんな「信託型ストックオプション」について、会計の側面からスタートアップ支援を多数手がけるGemstone 税理士法人の石割先生に、スタートアップの社員インセンティブとして欠かせないストックオプションの基礎を踏まえつつ解説して頂きました。「信託型ストックオプション」は、ストックオプションの新しい種類なのでしょうか?種類ではなく、信託型という「箱」に入れる、という認識が近いかもしれません。ストックオプションの種類としては、従来から知られるように、税制適格ストックオプション、税制非適格ストックオプション、有償時価発行ストックオプション等があり、無償か有償か? 行使時の課税があるか否か? 課税時の扱いが譲渡所得か給与所得か? の違いがあります。まずは3種類の従来型ストックオプションについて、使い分けやメリットデメリットなど、基本をおさらいしたいです。従来型ストックオプションとして一般的なのは税制適格ストックオプションです。ストックオプションで一番課題になるのは、利益を受け取るストックオプション権者の課税の点ですので、税制適格にすることで、課税されるタイミングが行使時ではなく株式譲渡時所得の種類として譲渡所得であり申告分離課税なので、キャピタルゲイン課税が20%である(給与所得だと総合課税で累進課税となり、最大55%)…という、税制上有利な取り扱いを受けることができます。一方、税制適格ストックオプションは課税上優遇されますが、スタートアップファイナンスにおいては、弱点もあります。まず、付与対象者は取締役・従業員に限定され、大株主(発行済株式数の1/3超)や社外協力者には付与できません。イコール、オーナーの持株比率希薄化防止には使えないこととなります。さらに、M&A で EXITする場合、税制上の優遇措置を維持してストックオプションを譲渡することができません(ストックオプションを譲渡すると、税制非適格ストックオプションになってしまいます)。また、行使価格に上限があったり、行使期限も比較的短く設定されています。税制適格ストックオプションに必要な要件は以下の6点です。1権利行使が付与決議の日から2年超10年以内であること。2譲渡禁止が定められていること。3付与対象者が会社又は子会社の取締役、執行役または使用人等であること。但し、大株主(未上場会社の場合は発行済株式数の1/3を超えて保有する株主、上場会社の場合は発行済株式数の1/10を超えて保有する株主)と大株主の特別利害関係者は除く。4新株予約権の行使価格の年間合計額が、1,200万円以下であること。5権利行使価額が契約締結時の時価以上であること。6証券会社等に信託を通じて売委託または譲渡により売却すること。この弱点を補うのが有償ストックオプション(ストックオプションを時価発行するという仕組み)です。有償ストックオプションは、大株主の創業オーナーや社外協力者に対しても有償発行(時価発行)することで、行使時点での課税を免れるスキームを構築することができます。有償ストックオプションは無償とは異なり、ストックオプションの公正価値(時価)を払い込んでいるので、発行時には経済的利益が生じず課税されません。権利行使時点でも(税制適格と同様に)ストックオプション権者は課税されないとされます。権利行使時点の株式時価とストックオプション発行価額と行使価額合計額の差額がストックオプション権者の得た利益となりますが、取得した株式の譲渡時点までは投資が継続しているので、未実現利益として課税されないと考えられるためです。では、従来型ストックオプションの種類としては、有償ストックオプションが一番優れた発行形態となるのでしょうか?それがそうとも言えません。理由は、有償ストックオプションではオプション価値の評価が難しく、ここがしばしば問題となることがあるためです。有償ストックオプションは公正な評価額で時価発行されなければなりませんが、ストックオプションは株式(現物)ではなく、あくまで権利なので、株価から単純計算するのではなく、「ブラックショールズモデル」や「モンテカルロシミュレーション」と呼ばれる、デリバティブの特殊な手法を用いて価値を算定しなければなりません。将来ダウンラウンドになった場合に失効させる条件の付与等、細かい設計も必要で、専門的な公認会計士に依頼するのが一般的です(この時価評価の妥当性が後に監査法人の監査で問題になったりすることもあります)。その点、税制適格ストックオプションは一定の制約もありますが、設計がシンプルなので、一般従業員向けの少額ストックオプションとしては使い勝手のよさがあります。大株主(オーナー)、CXO など高額の割当をしたい人材、社外協力者など、税制適格が使えない場合には有償発行を選択する、というイメージでしょうか。それではいよいよ本題で、「信託型ストックオプション」とは、何のために生まれたスキームなのでしょうか?税制適格ストックオプションや有償ストックオプションといった従来型ストックオプションにはまだ解決できない弱点があるためです。大きく分けると以下の3点です。今在籍している役員・従業員にしか付与できない。→ 将来入社する優秀な人材に割安な行使価額でのストックオプションを付与することができない。既発行ストックオプションと同様のインセンティブ効果を確保しようとするとストックオプションの発行規模が大きくなり希薄化してしまう。→ 後から入社するほど条件が悪くなる。実際の貢献度に応じてストックオプションを付与することができない。→ 付与時点で分配比率が決まってしまうので、付与後の貢献度が期待より低く、権利行使時に評価が乖離していた場合など、フェアでなくなる可能性があるスキームの概要については1オーナーと受託者の間で信託契約を締結し、オーナーが受託者に金銭を信託します。2受託者は、信託財産を受託者の固有財産と分別管理しなければなりません。発行会社は新株予約権を発行し、受託者は信託された資金を払い込みます。3信託期間中、一定の条件(プラン)に基づき、従業員等にポイントを付与します。4信託期間満了後、付与されたポイントに基づき、受託者が引き受けた新株予約権を従業員等に交付します。このスキームの要点は、「受益者が存在しない信託である」という点です。信託税制の原則は「受益者課税」ですが、信託型ストックオプションではオーナーが金銭を信託設定した時点において、受益者が存在しない(最終的にストックオプションを付与される役員・従業員等が決まっていない)ので、受益者ではなく受託者に課税するという法人課税信託が適用されます。この法人課税信託という特例によって行使価格を据え置くことが可能となり、将来の採用者に対して既存役職員と同条件で付与することができるようになります。※法人課税信託法人課税信託とは、受託者が個人であっても法人と見做して法人税法の規定を受けるという仕組です。(本来の課税対象は信託財産自体ですが、信託財産自体が納税手続を行うことが不可能なので、その事務を行っている受託者が代理納税していると捉えられ、受託者が個人でも法人税が課税されるということになります)受託者は受託した段階で、信託財産について受贈益課税を受け、毎年法人税申告を行うこととなります。(この課税分はオーナーが最初に用意した金銭から差し引かれるため、信託設定する金額に+課税分を見込んだ金額を用意する必要があります)ストックオプション付与対象者が確定し、「受益者が存在」するようになると、受託者から受益者へその直前の帳簿価額による引継ぎをしたものとして、税制上の信託財産の帰属者が受託者から受益者に帳簿価額で移転します。しかも帳簿価額で資産負債を引き継ぎにより生じた収益は所得金額の計算上、総収入金額には算入されません。以上の結果、ストックオプション権者によってストックオプションが行使され、株式を売却されるまでは所得税の課税は行われないこととなるのです。また「委託者(オーナー)が受託者に一度信託して、後から配る」という信託の特性によって、誰に・どれだけ付与するかというのを、等級と査定に応じたポイントによる人事評価制度と組み合わせて判定し、実際の貢献度に即して最終的な付与時点の分配を決めることができるようになります。(設定時点にはいなかった人材にも付与することができますし、また例えば、大量に付与した人材が途中で辞めてしまいその時発行したストックオプションが無駄になる、などの事態も防ぐことができます)つまり、「後から入社した人が不利になる」という課題を総合的に解決するスキームといえるのです。スタートアップのインセンティブ設計に適した、素晴らしい仕組みのように聞こえますが、信託型ストックオプションならではの課題や注意点もあるのでしょうか?このスキームではストックオプションを引き受けるための資金をオーナー自らが身銭を拠出するという特徴があり、なるべく資金負担額を小さくするため、オプション価値の評価を引き下げたいというバイアスが働きがちです。しかし評価額の算定は後々監査や上場審査時に問題となるケースが多く、正確に行っておくことが非常に重要です。そしてその評価業務は専門家に依頼することになりますが、このコストが高額なため(500~1,000万程)、その費用の捻出も課題となります。そのため、ストックオプションの特性と利点を考えると、できるだけ早い段階で設定をしたほうが望ましいのですが、評価業務にかかるコストを用意する為にはある程度の資金調達が行われるタイミングまで待たなければならないケースもあるでしょう。また、受託者に誰を設定するのかという点において、前述のスキーム図では、一般的な信託の受託者として信託銀行の名前が入っていますが、非上場会社の信託型ストックオプションの信託においては、コストや規模の観点から信託銀行による商事信託(営利目的をもった反復継続的信託活動)ではなく、民事信託(単発無報酬で受託可能)とするため、多くの場合顧問税理士に依頼することになります。この際、依頼する顧問税理士は信託の意味や受託者の義務責任を理解し、信託事務を行うことのできる能力を有する方である必要がありますし、また、既に他社の信託型ストックオプションで受託者になっている人は避けるため(複数回受託者をすると信託引き受けを業としているのではないか疑義が生じる可能性があるため)、受託者の選定においても一定の注意が必要です。

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