Web3.0による社会課題への解決や経済成長への期待が高まっている。その一方で、Web3.0はテクノロジーにおいて未成熟な部分も多く、法制度も含めて、さまざまなリスクや課題が山積している。こういった状況の中、デジタル庁はWeb3.0推進のための環境整備に向けて「Web3.0研究会」を発足し、2022年12月27日に「Web3.0研究会報告書」のとりまとめを公表した。今回は、Web3.0の環境整備に向けた取り組み状況とその方向性を中心に、解説する。

執筆:国際大学GLOCOM 客員研究員 林雅之

photo

Web3.0研究会報告書の中身は? デジタル庁「肝入り組織」が目指す日本の姿
(出典:デジタル庁)<目次>

  1. デジタル庁の「Web3.0研究会報告書」とは?
  2. Web3.0が注目されている背景と将来の姿
  3. Web3.0における制度や規制面の課題とその対応
  4. Web3.0推進の環境整備へ「促進策」「取り組み」
  5. Web3.0の健全な発展に向けた基本的方向性
  6. 「Web3.0」ビジネスの今後とは

デジタル庁の「Web3.0研究会報告書」とは?

 Web3.0研究会報告書とは2022年12月27日に、デジタル庁がWeb3.0推進のための環境整備に向けて組成した「Web3.0研究会」が主体となって発行した報告書だ。

 「Web3.0の下での新しいデジタル技術をさまざまな社会課題の解決を図るツールとするとともに、日本の経済成長につなげていく」ことを、基本的考え方とし、Web3.0の推進に向けた環境整備に必要な点をまとめている。

 「Web3.0研究会」について、座長は國領 二郎氏(慶應義塾大学)、副座長を稲見 昌彦氏(東京大学)が務める。他の構成員は石井 夏生利氏(中央大学)、伊藤 穰一氏(デジタルガレージ) 、河合 祐子氏(Japan Digital Design)、殿村 桂司氏(長島・大野・常松法律事務所)、冨山 和彦氏(経営共創基盤 IGPI)、藤井 太洋氏 (小説家)、松尾 真一郎氏(ジョージタウン大学)、柳川 範之氏(東京大学大学院)である。

 2022年10~12月における構成員の議論をまとめたのが「Web3.0研究会報告書」だ。

Web3.0が注目されている背景と将来の姿

 Web3.0研究会では、Web3.0を「ブロックチェーンなどを基盤とする次世代のインターネットの概念」と表現している。

 Web3.0は、これまでのインターネットの在り方を変える点や、社会課題の解決への活用や経済成長などの可能性から注目を浴びているが、デジタル庁のWeb3.0研究会では、Web3.0が注目される背景にある「2つの変化」を挙げている。

 1つ目が「ビジネスモデル」の変化だ。Web3.0により、アプリケーションレイヤーからプロトコルレイヤーに比重がシフトする。現在のGAFAのようなデータ集約的なビジネスモデルが大きな転換点を迎え、今まで集権的だったレイヤーが分散化し、別の集権的レイヤーが生まれ、その比重が大きくなる可能性がある。

 2つ目が「資金・人材調達のフラット化とコーポレートガバナンスの在り方」の変化だ。Web3.0やDAO(分散型組織)により、誰もが世界中から同時に資金や優秀な人材を容易に調達することが可能となる。

 DAOでは、株主などのステークホルダーに限定されずプロジェクトにコミットするコミュニティが形成される。これにより、インセンティブや富の再分配の設計ができ、多様性が確保されたフラットでイノベーションを生みやすい組織を生み出せる可能性がある。

 また、Web3.0研究会では、Web3.0による将来の姿を仮説として以下の図としてまとめている。

 Web3.0の進展は、「金融」「資産・取引」「組織」などの既存のサービスやツールの役割を一部技術的に補完や代替する可能性を整理している。

 「金融」の場合は、既存の金融では、法定通貨(フィアット)による金融機関などから金融サービスが提供されている。これに対して、Web3.0は、暗号資産(クリプト)による発行主体のない価値変動が大きい新しい金融サービスとなるDeFi(分散型金融)が提供される。既存の金融と新しい金融が繋がり融合することで、新たな事業モデルの創造も期待される。

画像

Web3.0と呼ばれる新たなテクノロジーと将来の姿(仮説)
(出典:デジタル庁 Web3.0研究会報告書 2022.12.27)

Web3.0における制度や規制面の課題とその対応

 一方、Web3.0では、制度や規制面などの課題が山積している。ブロックチェーンを活用したサービスやツールは、以下のように、法や規制のみではコントロールが困難な領域が多い。Web3.0研究会の課題を以下の5つにまとめている。(1)分散化により、仲介者が不在となり、サービス・ツールの提供に係る責任の所在と規制のターゲットが曖昧となる
(2)自律性により、規制当局が介入してもサービス・ツールを停止できなくなる可能性がある
(3)匿名性により、規制当局による追跡可能性が失われる可能性がある
(4)耐タンパー性により、ネットワーク参加者の合意なく記録の修正や削除が不能となり、規制当局が介入しても事後補正ができなくなる可能性がある
(5)開放性により、許可なく誰でも開発可能・参加可能な環境となり、責任の所在が不明確になる これらの課題も踏まえ、法や規制の執行可能性や規制の役割を再考していく必要性を挙げている。

 Web3.0 の世界では、テクノロジーや事業環境の変化のスピードが速い。そのため、イノベーション促進の観点から厳密に法律を執行する「ハードロー」によるコントロールの領域を明確化する必要がある。また、ソフトロー(規範)も含めて弾力的なルール形成を検討し、関係者が定期的にルールの検証や改訂を繰り返すメカニズムを作り、社会的に受け入れてもらう環境作りが重要としている。

 また、Web3.0 では国境を越えた活動がベースとなる。そのため、従来の国単位の法律や多国間の条約といったアプローチではなく、グローバルで通用するルールや合意形成も必要となる。

Web3.0推進の環境整備へ「促進策」「取り組み」

 Web3.0研究会では、新たな価値創造やイノベーションの加速に向けて、Web3.0 の世界においてもさまざまなチャレンジができるための環境整備が重要である点を強調している。Web3.0推進に向け、早急に着手すべきイノベーション促進策として、以下の4つを挙げている。

①対話の場としてのプラットフォームの設置自治体と関係府省庁との対話の場として、2022 年 10 月7日に「デジタル改革共創プラットフォーム」上に Web3.0 情報共有プラットフォームを設置
②「相談窓口」の設置と課題解消
 に向けた「関係府省庁連絡会議」
 の開催
「デジタル改革共創プラットフォーム」などのチャネルを活用し関係府省庁と連携して対応を進める。課題などについては、関係府省庁連絡会議において課題解消に向けた方策を議論
③Web3.0に係る国際的な情報発
 信・コンセンサス形成への関与
国際カンファレンスなどの Web3.0 関連イベントをサポートする。日本の企業・人材などが Web3.0 の国際的なプレイヤーとの接点を持ち、協業・人材採用・資金調達・グローバル展開などにつながるための適切な情報発信をサポート
④研究開発・技術開発の担い手の
 育成
イノベーション創出やグローバル市場で活躍できる人材や、プロトコルを安全に設計できる人材などのWeb3.0 の健全な発展に向けて裾野を広げていく人材の発掘とその育成

直ちに着手すべきイノベーション促進策
(出典:デジタル庁 Web3.0研究会報告書 2022.12.27 より編集)
 Web3.0は、テクノロジーや事業環境の変化のスピードが速く、既存の規制体系になじまない部分も多くある。そのため、政府では問題意識を共有しながら、連携して課題に向き合い、メカニズムを効率的かつ効果的に運用していくことが重要となる。

 デジタル庁では相談窓口を設置し、課題解消に向けた関係府省庁連絡会議の開催を通じて、さまざまなチャレンジが障壁なく行える環境整備を目指している。

 「Web3.0研究会DAO」では、関係府省庁が連携を図り、日本のステークホルダーがBGIN(Blockchain Governance Initiative Network)などのグローバルの課題解決に向けた協働に主体的に参画していく方針だ。

 そして、Web3.0の健全な発展に向けて、多様な人材が自ら考えて行動し、これらが有機的に結合し、より合理的な制度、より良いサービスやツールが選択されていくことを目指している。

画像

Web3.0の健全な発展に向けた今後の取組
(出典:デジタル庁 Web3.0研究会報告書 2022.12.27)

Web3.0の健全な発展に向けた基本的方向性

 Web3.0では、Web3.0の健全な発展に向けた基本的な方向性として、以下の5つの分野への取り組みに関する基本的な方向性を挙げている。

  • デジタル資産
  • DAO(分散型自立組織)
  • DID(分散型アイデンティティ)
  • メタバースとの接合
  • 利用者保護と法執行
デジタル資産デジタル資産の取引をめぐる利用者保護上の課題については、指摘されているリスクを踏まえた規制の枠組みを検討し、信頼性確保の取組を検討していく必要。市場の成長により生じる利用者トラブルやクリエイターの権利保護の問題は適切に検討しつつも、市場の成長を阻害しないように留意。国際的に見ても規制の枠組みの変化の激しい分野であることから、いたずらに国内の規制のみを先行させるのではなく、グローバルの動向を踏まえるとともに、将来の環境変化に柔軟に対応できるような対応を検討すべき。
DAO
(分散型自立組織)
現行の枠組みの下でのユースケースを分析し、その便益や課題をより具体的に明らかにした上で、制度の在り方を検討すべき。セキュリティを含む技術面の課題については、個々のDAOの中での閉じた検討にとどまるのではなく、ベストプラクティスの共有など、限られた人的資本を効率的に活用していく方策を考えていく必要。構成員の有限責任化などの法制面の課題については、ステークホルダーの利害調整の在り方も含め、技術面の課題とは異なる視点での検討が必要であり、まずは既存の合同会社形態の下での課題の洗い出しと対応の方向性を検討することが望ましい。これらの検討を進めていく上では、多くのユースケースが生まれることが重要。そのため、デジタル庁が設置する相談窓口において、DAOの取組を進める自治体などから問題意識の共有を得つつ、関係府省庁との連携の下、社会課題解決や新たな価値創造といったDAOに対する期待の実現に向けた取組が着実に進められるよう、フォローアップを継続していく必要。
DID
(分散型アイデンティティ)
ブロックチェーンの活用と、プライバシーの確保の両立など、実用化に向けて解決すべき課題は数多くあり、今後の研究開発が期待される。DIDが商業的に実用化に至るかどうかに関わらず、プライバシー保護技術の研究開発や応用の進展を注視し、研究開発や国際標準化への貢献を通じて、日本におけるデジタル化の進展や、身分証明書をはじめとしたサービスの相互運用性や、国境を越えた信頼できるデータ流通への応用を模索する。
メタバースとの接合今後、産業としてメタバースが発展していくための環境整備の在り方が重要な論点。この点、例えば、グローバル標準の重要性、利用者間の紛争が国境を越える可能性やこれに対する法執行の在り方といった課題は、Web3.0における課題と重なっている部分があり、共通の問題意識が同時並行で現実化する可能性が高い。関係府省庁においては、Web3.0における他の課題(デジタル資産、DAO、DID、利用者保護と法執行)とメタバースとの関係性を踏まえつつ、連携して情報共有・課題解決を図っていくことが重要。
利用者保護と法執行Web3.0の健全な発展に向けた利用者保護と信頼構築のためには、国境を越えた犯罪事案に適切に対応できるよう、国内の体制整備とともに国際的な連携強化を継続することが必要。利用者からの相談事例の把握・分析・活用も重要な課題であり、関係府省庁が連携の下、利用者被害の未然防止に向けた情報提供・啓発といった取組を着実に進めていくことが重要。新たな価値創造やイノベーションの加速に向けて、Web3.0 の世界でもさまざまなチャレンジが行われる環境整備が重要と考えられる。直ちに着手すべきイノベーション促進策として、関係府省庁において以下の施策を着実に進めていく必要がある。

Web3.0の健全な発展に向けた基本的方向性
(出典:デジタル庁 Web3.0研究会報告書 2022.12.27より編集)
 この中で、DAOの取り組みが挙げる。日本では、地域創生やアーティスト支援など、営利を主たる目的としない活動において DAO の活用が注目されつつある。Web3.0では、こうした活動にどのようなガバナンス、インセンティブメカニズムを入れることが望ましいか、DAOという組織形態を選択する意義がどこにあるのか、といった点を検討課題として挙げている。

「Web3.0」ビジネスの今後とは

 Web3.0の推進の環境整備に向けて、経済界や政策的な後押しも進んでいる。日本経済団体連合会(経団連)が2022年11月15日、「web3推進戦略」を公表した。自民党デジタル社会推進本部web3プロジェクトチームは2022年12月15日、「web3政策に関する中間提言」のとりまとめを公表。さらに自民党は2022年12月16日には「2023年度与党税制改正大綱」を決定し、自社で発行するトークンに対する期末課税などついての見直しも明記している。

 こういった状況の中でも、日本ではWeb3.0関連のビジネス展開は道半ばだ。法や規制などの課題も山積しており、Web3.0に対する懐疑的な意見も少なくはない。日本ではWeb3.0では規制も多いことから、シンガポールなどの海外にWeb3.0関連の人材が流出している点も懸念されている。

 企業では、Web3.0のビジネスモデルには試行錯誤が続いている中でも、事業参入を表明するケースも出てきた。また、地方創生においても社会課題解決の実施主体となりうるWeb3.0が注目されつつあり、一部の地域では事例も出始めている。

 「Web3.0研究会報告書」で方向感が示されているように、Web3.0の健全な発展のための環境整備に向けて、2023年度はスタートラインに立つための重要な年となるだろう。https://www.sbbit.jp/article/cont1/104817

©2024 CYBER.NE.JPfrom STAD

CONTACT US

We're not around right now. But you can send us an email and we'll get back to you, asap.

Sending

Log in with your credentials

or    

Forgot your details?

Create Account