グローバルで7千社以上の導入実績をもつプロダクト分析ツールのベンダー「米Mixpanel社」のキーパーソンによる海外ブログ翻訳記事です。プロダクトマネージャーの日々の業務に役立つ、さまざまな知見をお届けします。今回は、ベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップへの投資で注目している「プロダクト分析データ」について解説します。
目次
Page 1
投資家はどのようなデータに注目し、評価しているのか
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プロダクトがユーザーに気に入られていることを証明する
Page 3
収益との相関関係とは
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虚栄の指標とは
ヒューマンインサイトとは
Page 5
経済情勢が変わると、データの見方も変わるのか
投資家はどのようなデータに注目し、評価しているのか
最近では借り入れコストの上昇や公開市場の不況が続き、スタートアップの資金調達を圧迫しています。2022年10月にCrunchbaseは、未上場企業の資金調達ラウンドが、前年比で53%も落ち込んだと報告しています。そのような中でスタートアップが資金調達を成功させるには、すばらしいプロダクトのアイデアはもちろんのこと、プロダクトの需要を証明するデータを提示できるかが、ますます重要になってきています。
VCが知りたいシグナルは、適切なプロダクトを、適切な時期に、適切なチームで、適切なマーケットに展開できていると示すものです。Mixpanelのような分析ツールを使って詳細なプロダクトデータを作成すれば、具体的な指標とインサイトを提供できます。資金を出すか検討する際に、VCが期待しているデータを提示できるのです。
しかし資金調達のピッチにおいて、どのプロダクト指標やデータが重要になるか判断するのは、難しいかもしれません。自分たちにとって重要なデータが、投資家が見たいデータと同じとは限りませんし、他にも必要なデータがあるかもしれません。正解は一つではないでしょう。私たちはそのヒントを探るべく、世界トップクラスのベンチャー投資家とグロースキャピタルにヒアリングを行いました。投資家が投資を行うにあたり、プロダクトデータのどこに注目し、その情報をどのように評価しているのかを聞いたところ、以下のことがはっきりとしました。
- プロダクト分析をする。ユーザーがどれほどプロダクトを気に入って使っているかを把握する(データを示す)のに、早すぎるということはない。
- プロダクト指標は、将来の財務結果への先行指標となり得る。
- 価値ある指標。派手な「虚栄の指標」より、価値のある指標でより深い洞察を集めることに重点を置く方がよい。
- 常に顧客とつながる。ユーザー数が10人であろうと1000万人であろうと、顧客とつながり、定性的データを集めるとよい。
- 経済情勢に左右されない、説得力のあるスタートアップのストーリーを伝えるためにデータを活用するとよい。投資家は、常に次のブレイクアウト企業を求めている。
投資家を納得させられるような材料を探したいなら、その材料は必ずプロダクトの中にあります。
プロダクトがユーザーに気に入られていることを証明する
すばらしいプロダクトアイデアでも、時に投資家から無視される(あるいは笑われる)ことがあります。しかし、需要があることを証明するデータがあれば、このようなことが起こる可能性は下がります。投資家は、投資を検討しているプロダクトの、さまざまなレイヤーやレベルのユーザーリテンション(既存ユーザーの維持率)や、エンゲージメント率に注目しているのです。
ファーストラウンドキャピタル(シードラウンドでの投資額10億ドル以上)のパートナーであるMeka Asonye氏は、次のように話しています。
「私たちは基本的に、そのプロダクトがどれだけの人に利用されているのか把握したいと考えています。アプリのスティッキネス(ユーザーが熱中し、惹きつけられている度合い)を判断する際には、マンスリーアクティブユーザー数に対するデイリーアクティブユーザー数(DAU/MAU)を測定することが多いです。使用の頻度、利用者の日々の生活に根付いている度合い、気に入られている度合い、必要とされている度合いなどのデータが知りたいのです」
ベインキャピタルのテクノロジー投資家であるZach Berger氏も、「最も重要なことは、プロダクトの中でユーザーの活動が、企業内部の資源で自律的に成長しているかどうかです」と話しています。
投資家に対して、ユーザーが定着していることを示すことは非常に重要です。何%の顧客がそのプロダクトをリピートしているかを示す指標として、プロダクトのユーザーリテンションがあります。オープンビュー社(投資額20億ドル以上)のグロース部門VPであるSam Richard氏は、「特に初期段階では、このデータがプロダクトマーケットフィットを把握するための鍵となります」と述べています。
投資家は、ユーザーの解約率や、ユーザーがプロダクトを一度使った後に戻らない確率をチェックするものです。危険を知らせるサインとして、投資家は特に、執拗にこれらのデータを見ています。
ベインキャピタルの投資家であるQuinn Schwab氏は、次のように述べています。
「解約したユーザー層がいる場合、一段深く掘り下げて、アカウントの健全性を示す指標を探すとよいでしょう。解約していないユーザー層と比較し、プロダクトデータと照らし合わせ、実際の要因が何であるかを把握するのです」
ベッセマー・ベンチャー・パートナーズ(運用資産200億ドル)の副社長Janelle Teng氏は、「ビジネスを継続成長させるための骨組み」となる4つのプロダクト指標として、「導入率」「エンゲージメント」「リテンション」「幸福度」の概要をまとめました。他社がプロダクト指標をどのように使用しているか、参考にするとよいでしょう。
指標タイプ | 例 |
---|---|
導入率:顧客がプロダクトを認知し、共感してから、利用・購入に至るまでのカスタマージャーニーを、具体的に表すもの。 | 無料版から有料版への転換率、ランディングページからのダウンロード率、1日あたりの新規ユーザー数、導入者数に対するアクティブユーザーの割合など |
エンゲージメント:行動は言葉よりも、多くのことを語ります。実際にプロダクトに接するユーザーの行動と習性、どれほど深く利用しているかを表します。 | DAU/MAUの割合、1回の利用あたりの滞在時間、1回の利用あたりのアクション数、DAU、WAU、MAUの成長率、1か月で最も貢献度の高いユーザーの行動など |
リテンション:一定期間ユーザーを追跡し、いつ、どのようにプロダクトを使用しに戻ってくるかを測定します。そうすることで、プロダクトのスティッキネスが判断できます。 | 7日目、30日目、90日目の継続率、ユーザーコホート分析(グループに分け、ユーザーの動向を分析する)、アドオン率、アップグレード率、解約までの経過時間など |
幸福度:プロダクトにおける究極の体験価値は、顧客を喜ばせ、その顧客が常連から支持者へと進化し、プロダクトを有機的に引っ張っていくようになることです。このレベルの顧客体験は、プロダクトに満足するだけでなく、最高の喜びを感じることです。 | NPS(ネットプロモータースコア)、顧客満足度、レビュースコアまたはスターの数、幸福度調査など |
スタートアップとしても、ピッチで指標を示すことは効果的です。フランスのヘルスケアアプリ「メイ」の創業者であるAntoine Creuzet氏にヒアリングしたところ、最近の資金調達では、プロダクトデータが大きな役割を果たしたと語ってくれました。
「Mixpanelダッシュボードへのアクセス権を、潜在的な投資家と共有したいと思っています。もちろん資金調達には経済的なデータも重要ですが、スタートアップが若ければ若いほど、プロダクトデータが重要になります。適切な判断能力を持っていることを証明できるからです」
収益との相関関係とは
優れたプロダクトと、優れたビジネスは別物です。だからこそ投資家にとって、有料ユーザーのコンバージョン率などに関する、強力なプロダクト分析データがあるのとないのとでは、大違いなのです。さらにデータから導き出される、ユーザーがプロダクトにお金を出したいと思うようになるまでの道筋は、解像度が高ければ高いほどよいでしょう。
オープンビュー社のRichard氏は、次のように語ってくれました。
「私たち投資家は、ユーザーがプロダクトに価値を見いだし、最終的に購入するまでの道筋を理解しなければなりません。VCからの資金調達を考えている企業は、投資家にこの道筋を理解させ、見込み客からユーザーへの転換点を示すデータを提供する必要があります」
さらにベインキャピタルのBerger氏は、次のように付け加えました。
「ユーザージャーニーを詳しく分析すれば、将来のコンバージョン率が可視化できます。基本的に資本を出すということは、将来のコンバージョン率に賭けるということです。だからこそ、このようなデータポイントをはじめ、継続率や平均注文額といった収益に直結する指標が、非常に役に立つのです」
ラテンアメリカに特化したVCのカゼック(投資額60億ドル以上)のアソシエイトであるNatalia Navas氏は、次のように語っています。
「収益を予測するこれらのプロダクト指標は、ビジネスモデルによってまったく異なります。例えば、コンバージョンの維持率はサブスクリプションモデルでは重要ですが、eコマースではそれほど重要ではありません」
「メイ」のCreuzet氏によると、複数の期間での有料会員登録のコンバージョン、登録後の継続率、会員がアプリに費やした時間などの指標が、収益のポテンシャルを証明してくれるのだそうです。
ビジネス全体の健全性に関して言えば、一般的な財務業績の測定値よりもプロダクト分析による洞察の方が使える情報になり得ることも、投資家は分かっています。例えば、ユーザーのエンゲージメントをグループに分けて、新機能がパワーユーザーに使われているかどうかを確認すれば、プロダクト開発リソースが最適に活用されているかどうかを判断できます。
ベッセマー・ベンチャー・パートナーズのTeng氏は、次のように説明しています。「プロダクト指標は、財務の遅行指標に対する先行指標として、絶大な力を秘めています。一般的な会計原則(GAAP)や国際財務報告基準(IFRS)に従って定義された財務指標とは異なり、さまざまな方法で追跡・定量化できるプロダクト指標が無数にあるのです」
虚栄の指標とは
投資家は、スタートアップのプロダクトデータの精査に慣れるにつれ、虚栄の指標を見極められるようになります。つまり、表面的にはよく見えても、実際にはプロダクトの全体的な成功に寄与しないデータポイントは、見破られてしまうのです。
カゼックのNavas氏は、次のように語っています。
「虚栄の指標は、アクティブユーザー数について言及せずに、獲得ユーザー数について話すような場合に示されます。例えば、デビットカード会社が、アクティブユーザー数や解約数に言及せずに、カードの発行枚数までカウントしているような場合です」
「メイ」のCreuzet氏はさらに一歩踏み込んで、あまり意味のない指標を投資家に提示することは、逆効果になる可能性があるとし、次のように語っています。
「サインアップの数を、アクティベーション、リテンション、コンバージョンの指標と並べずに強調することは、まったくの無意味です。質の悪いオーディエンスをターゲットにして多くのサインアップを作ることは、非常に簡単です。ですが、投資家向けの資料でそのデータを出してしまうと、自社の信用を落とすリスクがあります」
虚栄の指標と価値ある指標の境界線は、企業やプロダクトの種類によりまったく異なります。ベインキャピタルのSchwab氏は、次のように説明しています。
「ベインキャピタルのチームは、ピッチではできるだけ多くの価値あるデータを示して欲しいと願っていますし、実際に提示されるほとんどの指標は非常に価値があると感じています。そして基本的には、データは多ければ多いほど有効です。スタートアップから提示されるすべてのプロダクトデータについて議論することで、実りある会話が生まれる可能性もあるでしょう」
ヒューマンインサイトとは
創業者がいかにデータに精通していたとしても、プロダクトが完成して分析ができるようになる前に資金を調達しなければならないこともあるでしょう。ファーストラウンドキャピタルのAsonye氏は、そのようなアーリーステージのスタートアップと多く仕事をしてきました。彼の強みは、プロダクトを利用する人、あるいは利用する予定の人についての定性データを集めることです。彼に対するプロダクトの売り込みの大部分が、成熟したプロダクト分析を備えている場合であっても、Asonye氏のような投資家はユーザーと直接関わり人間的な感覚や、数値以外の情報を求めます。彼は次のように語っています。
「私は今、8名ほどしか顧客がいないスタートアップで、この方法をとっています。このような場合、アクティブユーザーや顧客リテンション率を調べても意味がありません。顧客へインタビューを行い、質的なフィードバックを集めます。この顧客がプロダクトを使うようになった背景には、どのようなペイン(面倒なこと)があったのか、この顧客にとってこのプロダクトはどれほど重要なのか、もしこのプロダクトがなくなったら10段階でどの程度困るのか。定量的な要素と同じくらい、人間的な要素も重要です。投資とは、必ずしも100%データに基づいて行われるものではないのです」
定量的なプロダクト分析ができない場合、ベインキャピタルではユーザー調査を検討します。この調査は、プロダクトが、プロダクトの想定するユーザーにとって不可欠な存在になっているかのデータ収集に役立つとベインキャピタルのSchwab氏は述べています。
そして出資前に投資家は、プロダクトの背後の人々に関するすべてのデータをチェックしていることを忘れてはいけません。
カゼックのNavas氏は次のように語っています。
「創業者について、多くのデューデリジェンス(Due Diligence:適正評価)を行っています。彼らの個人的なネットワークから、その人のことを調べます。創設者というのは、適当な誰かと交代できませんから」
経済情勢が変わると、データの見方も変わるのか
私たちが話を聞いた投資家は、景気後退がもたらす潜在的な問題はデータに基づいて投資先を選ぶやり方に影響しないだろうと述べています。
ファーストラウンドキャピタルのAsonye氏は、次のように語っています。
「経済情勢が変わっても、求めるものは変わりません。前月比ユーザー数の伸び率、そしてプロダクトを頻繁に利用するユーザー数の増加を期待しています。投資の段階で、マクロ経済学を言い訳にしているスタートアップが、数十億ドルのビジネスにはなるはずがありません。われわれは、次の数十億ドルのアイデアを探しているのですから」
オープンビュー社のRichard氏は、次のようにまとめました。
「資金調達のチャンスが少なくなっても、プロダクトデータとそのストーリーがあれば、いつでも勝負できるはずです。そして、そのデータが投資家から引き出す質問に対して、積極的に答えられる創業者こそが、傑出した存在になれるのです」
Mixpanelでは、「プロダクト指標ガイド」を無料公開しています。eコマース、SaaS、メディア業界での事例を確認できますので、資金調達に臨む際に参考にしていただければと思います。

セリーズ・ミラー(Mixpanel, Inc)(セリーズ・ミラー)
Mixpanelのスタートアップ・パートナーシップ・マネージャー。 VCやアクセラレーターと提携し、スタートアップがデータに基づいた意思決定を行えるようサポートしている。NY在住。https://productzine.jp/article/detail/1563