デジタルトランスフォーメーションとは?
昨今、さまざまなメディアでDX(デジタルトランスフォーメーション)が取り上げられています。DXの考え方や進め方を解説するセミナーも増えました。「DX戦略」を「デラックス戦略」と読む人は、さすがにもういないでしょう。
しかしながら、メディアやセミナーなどでの取り上げられ方を見るに、「DX=デジタル化」との誤解は払拭(ふっしょく)されていないように思えます。DXがテーマであるにもかかわらず、「ITの導入による業務の効率化」や「事務の電子化による生産性の向上」などの解説に終始する例が珍しくないからです。
本連載を開始するに当たって、まず申し上げたいことは、「DXは単なるデジタル化ではない」ということです。経済産業省は、2018年12月に発表した『DX推進ガイドライン』において、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義づけました。つまり、DXの本質的な目的は「トランスフォーメーション(変革)による競争優位性の確立」であり、「デジタル化」はそのための手段と捉えるべきです。
もちろん、ITの導入や事務の電子化などによりコスト競争力を高めることができれば、競争優位性が高まります。しかし、効果的だと認識されれば、競合他社も同様の取り組みを展開するはずです。結果として、その競争優位性は短期間のうちに跡形もなく消えるでしょう。要するに「デジタル化」だけでは、競争優位性の確たる構築には至らないということです。
だからこそ、ビジネスをトランスフォーメーションすることが重要です。デジタル技術の活用を通じて新たなビジネスモデルを確立する。そして、今までとは異なる誰かに、今までとは違う方法で、今までにはない価値を提供する。その非連続な成長によりパラダイムシフトを成し遂げることによって新たなビジネスを創造することがDXの神髄なのです。
DX1.0:デジタイゼーション
DXには、4つの進化形態があります。第1段階は、「デジタイゼーション(Digitization)」です。DXの4つの進化携帯[クリックで拡大]
前述の通り、DXは単なるデジタル化ではないわけですが、現在の事業環境では、デジタル化なくしてビジネスモデルの革新は成し得ません。つまり、DXを実現するためには、デジタイゼーションによるビジネスプロセスのデジタル化が欠かせないわけです。
デジタイゼーションの代表例はペーパーレス化です。書類や販促物を電子化すれば、用紙代を節約できるだけではなく、情報の更新も簡単になります。取引文書をペーパーレス化すると、郵送代や印紙代の削減に加えて、押印のための出社も不要になります。こういった書類が大量にある会社であれば、ペーパーレス化を通じて保管費用も低減できるでしょう。
RPA(Robotic Process Automation)の導入もデジタイゼーションの典型例といえます。見積書の発行、契約書の定型的なチェック、入金や支払いに関するデータ入力など、ルーティン化された業務は全てRPAの対象です。
新型コロナウイルス感染症の流行後に増加したテレワークやオンラインミーティングも広い意味ではデジタイゼーションに当てはまります。移動に要する時間と交通費が不要になることによる労働生産性の向上を見込めるはずです。
AI(人工知能)の活用もデジタイゼーションの一部だとすれば、デジタル化は人の役割を変えるということです。企業は、デジタル化の先にある未来を見据えて、どの領域を人に任せるのかを考えておくことが肝要です。
DX2.0:デジタライゼーション
第2段階は、「デジタライゼーション(Digitalization)」によるビジネスモデルの変革です。収益を得るための方法や差別的優位性の源泉などを変えることで、ビジネスとしての競争力を高めることがポイントになります。
製造業の課題として挙げられているモノ売りからコト売りへの転換は、デジタライゼーションの代表例です。自動車メーカーが「クルマの開発/製造ではなく、移動という価値を提供するMaaS(Mobility as a Service)を核とした会社に変わる」というのは、その典型といえます。
近年、多種多様なモノを都度利用できるようになりました。街を歩けば、自転車や傘など、時間単位で利用可能なモノが無数にあります。いずれもIoT(モノのインターネット)デバイスを付けることで、無人での貸出/返却を実現しました。まさに、デジタル化によって実現したシェアリングビジネスです。
モノやサービスを提供することで利用者から対価を得るのではなく、広告料で成り立つビジネスもあります。テレビやラジオはその一例です。昔から存在するビジネスモデルといえますが、デジタル化されたことで、利用者の属性や履歴などに応じて広告を組み替えるだけではなく、その効果を測定できるようになりました。インターネットの広告費がテレビのそれを上回るに至ったのは、デジタライゼーションによりマス広告にはない価値を訴求できたからといってよいでしょう。
モノやサービスの提供を通じて収集されたデータで収益を得るビジネスも拡大しています。POSデータの販売はその最古の例です。中国の芝麻(ジーマ)信用のように、行動履歴などをもとに個人の信用度を評価するシステムも普及しつつあります。種々のデータの活用はデジタライゼーションによる変革の軸となるはずです。
ビジネスモデルの変革とは、マネタイズスキームの転換を意味します。そのビジネスを展開することで、誰から、どのような収益を得るのか、デジタル化を切り口にその可能性を広く探究することが重要です。
DX3.0:コーポレートトランスフォーメーション
本来の意味でのDXは、「コーポレートトランスフォーメーション(Corporate Transformation)」からになります。DXを通じて「誰に、どのような価値を、どうやって提供する企業を目指すのか」を再考することで、企業としてのアイデンティティーを進化させることが重要です。DX戦略とは、その実現に向けたシナリオを描くことに他なりません。
例えば、自動車メーカーが企業としてのアイデンティティーを「クルマの開発/製造」から「移動サービスの提供」に変えたとしましょう。その会社はクルマの開発/製造だけではなく、移動に関する広範な仕組みを提供するようになります。カーシェアはもちろんのこと、鉄道や飛行機なども組み合わせられるデジタルプラットフォームを構築し、移動の快適を実現することで対価を得るようになれば、ステークホルダーに対してより大きな価値を提供できるようになるはずです。
一方で、クルマを開発/製造することの価値は全体のごく一部になります。場合によっては、その機能を外部に切り出すことが正解かもしれません。事業ポートフォリオの見直しによりコアコンピタンスの強化を図ることも、コーポレートトランスフォーメーションを進める重要な目的の1つといえます。
同様の変化は、アパレルや食品といった他業界のメーカーのみならず、卸売り、小売り、サービスなどの事業者にも生じることが予想されます。Eコマースが小売事業者とは相反する価値を提供したように、新しいビジネスの出現が変革をリードすることも考えられます。コーポレートトランスフォーメーションが進んだ業界/領域では、ステークホルダーに対する価値提供の在り方も変化するわけです。コーポレートトランスフォーメーションの例[クリックで拡大]
コーポレートトランスフォーメーションでは、誰に、どのような価値を、どうやって提供する企業を目指すのかを考えることが大切です。DX戦略とは、その目指す姿を実現するためのシナリオです。企業としての目指す姿をアイデンティティーとして再定義することがコーポレートトランスフォーメーションの要点といえるでしょう。
DX4.0:インダストリアルトランスフォーメーション
「インダストリアルトランスフォーメーション(Industrial Transformation)」は、DXの最終段階です。コーポレートトランスフォーメーションを実現した企業が社会生活や経済活動に革新をもたらします。業界全体のメカニズムが再構成されることで、より豊かで快適な社会/経済になることが期待されます。
例えば、自動車業界はCASE(Connected、Autonomous、Shared & Service、Electric)の進展により変革期を迎えるといわれています。自動車メーカーが「クルマの開発/製造」から「移動サービスの提供」にアイデンティティーを変えることもその一要素といえますが、それだけではありません。シェアリングが進展し、「クルマは都度利用するモノ」になれば暮らしの快適性は高まりますが、クルマを売るためのカーディーラーは不要になります。電動化が進めば、移動時のCO2排出量だけではなく、クルマの部品点数も減少し、自動車メーカーを頂点とした生産体制は崩れ去ります。ガソリンスタンドもいらなくなるでしょう。
上記はあくまで例です。自動車以外のさまざまな業界/業種においても、新たな価値を創造する非連続なインダストリアルトランスフォーメーションが進むはずです。インダストリアルトランスフォーメーションの例[クリックで拡大]
つまり、DXは、企業単体の革新のみならず、ゆくゆくは業界全体のメカニズムを変えてしまうほどのインパクトをもたらすということです。DXを推進するに当たっては、他社も同様の取り組みを展開する可能性があること、結果としてインダストリアルトランスフォーメーションに至ることが想定されること、その未来を十分に見据えた上で、自社のみならず、業界全体としての目指す姿と、そこに至るまでのDX戦略を描くことが重要です。自社の競争戦略を思考するだけではなく、他社との協調を通じてどのような社会/経済を実現しようとするのか、そのグランドビジョンを示すことでインダストリアルトランスフォーメーションをリードすることができれば、いわゆるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon.com)を超えるプラットフォーマーになることも夢ではないでしょう。
ビジネスモデルの進化に向けたDX戦略の重要性
DXには、これら4つの段階があることに留意して戦略を描くことが大切です。目先のデジタイゼーションやデジタライゼーションだけをターゲットにビジネスの革新を進めると、将来使わないデジタル技術に投資を実行してしまう可能性があるからです。
コーポレートトランスフォーメーションやインダストリアルトランスフォーメーションを成し遂げた後の目指す姿を具体化した上で、その実現に向けたDX戦略を策定する。そうすれば、より計画的かつ合理的に進化できるはずです。
では、DXの先にある目指す姿として、どのようなビジネスモデルが考えられるでしょうか。次回は、DXが進んだ未来における「DX時代ならではのビジネスモデル」を解説します。
筆者プロフィール

小野塚 征志(おのづか まさし) 株式会社ローランド・ベルガー パートナー
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。長期ビジョンや経営計画の作成、新規事業の開発、成長戦略やアライアンス戦略の策定、構造改革の推進などを通じてビジネスモデルの革新を支援。近著に、『DXビジネスモデル 80事例に学ぶ利益を生み出す攻めの戦略』(インプレス)、『サプライウェブ-次世代の商流・物流プラットフォーム』(日経BP)、『ロジスティクス4.0-物流の創造的革新』(日本経済新聞出版社)など。・株式会社ローランド・ベルガー https://rolandberger.tokyo/