本稿は日本マイクロソフトが運営するスタートアップインキュベーションプログラム「Microsoft for Startups Founders Hub」による寄稿転載。同プログラムでは参加を希望するスタートアップを随時募集している

世界はコロナ禍を経て VUCA と呼ばれる不安定な時代に入ったと言われています。スタートアップにとって、これをチャレンジと捉えるべきでしょうか、それとも、チャンスと捉えるべきでしょうか。世界では、社会インフラが整っていない地域ほど、リープフロッグ現象を起こすスタートアップやユニコーンが多数生まれています。

日本の産業構造や社会は成熟しているものの、高齢化、労働者不足、中央集権的な仕組み、硬直化したシステムといった課題があります。こうした課題は、タイミングこそ違えど、いずれ世界各国や地域や社会が経験する可能性があり、日本のスタートアップが自由な発想で解決策を提示できれば、世界の救世主的存在になるかもしれません。

本稿では、自由な発想で産業や社会のペインを解決しようとするスタートアップにインタビューし、彼らの思い、軌跡、将来展望などについて、読者の皆さんと共有したいと思います。

今回と次回は、量子コンピューティングのスタートアップにスポットライトを当てます。

量子コンピューティングの応用先として注目されていることに一つには「組合せ最適化問題」があります。例えば一般的なコンピュータに比べ、量子コンピューティングでは量子重ね合わせによる並列計算が行えるため、格段のスピードアップに繋がる可能性があります。

量子コンピューティングの恩恵に預かれる可能性のある産業分野は多岐にわたり、金融、化学、ライフサイエンス、交通、材料開発、防衛などでの活用が期待されます。一方で、量子コンピューティングの開発や運用には多額のコストがかかり、そのため、量子コンピューティングの開発に名乗りを挙げていたのは、数年前まで大手システム開発会社のみでした。

ここで、救世主となったのがパブリッククラウドの存在です。Microsoft Azure をはじめパブリッククラウド各社が量子コンピューティング環境をクラウド提供し始めたことで、この分野にもスタートアップが生まれ、アルゴリズムや社会実装に特化したサービスを提供し始めました。

アメリカで2021年にSPAC上場したIonQも、Microsoft Azureを通して量子コンピューティング環境をクラウド提供している企業の一つです。

今回紹介する Jij は、科学技術振興機構の大学発新産業創出プログラム「START」を通じ、量子アニーリング研究者らによって2018年に設立されました。今回お話を伺う西村光嗣さんは東京工業大学大学院で量子コンピューティング理論を扱う西森研究室でCEOの山城悠さんと出会い、Jij への参画を決められたそうです。

Jij は2020年、量子コンピューティングに関わるスタートアップ、企業、アカデミアなどのメンバーで構成される Azure Quantum ネットワークに参加しました。ソリューションパートナーとして、Azure Quantum を利用されています。

Jij と解決しようとするペイン

Image credit: Jij

Jij は、量子コンピューティングにおける数理最適化と量子計算のサービスを提供しているスタートアップです。近年、技術の進歩とともに量子コンピューティングのデバイス性能は高速になっていますが、ユーザが量子コンピューティングで解決したいと思う課題をデバイスに〝食わせる〟ステップに大きな溝があると西村さんは言います。

抱えている問題をどう解けばいいのか、そこに大きな溝があることを意識している人は少ないんです。いくらいいデバイスができても、課題とデバイスの繋ぎ込みは、まだ多くのところで、勘と経験で行われているのが実状です。この溝をシステマティックに解決することは確かに難しいのですが、できる部分はあると思っていて、そのために「JijZept」を開発しています。(西村さん)

JijZept は、量子技術を用いた最適化計算を非専門家でも行えるようにするためのミドルウェアです。量子コンピューティングのデバイスができるのは、いろいろな数字から、それに対応した数式の問題を機械的に解き、最も小さい値を返すということのみ。どんな数値をデバイスに〝食わせる〟かは操作する人に委ねられます。ここを支援するというわけです。

一般的な話で言うと、例えば、交通渋滞や通信のトラフィックの状態を、数理モデルという数式の形にします。そして、ある道路を一定時間に通れる車の数の上限のような「制約の条件式を与えて、ここのコストを最小にしてほしい、という問題をデバイスに解かせる。ただ、機械学習でいうハイパーパラメータ(チューニングする値)みたいなものが多く出てきて、元来の課題にまで取り組めないことが多い。ここに喫緊の課題を感じたんです。(西村さん)

ただ、さまざまな業界の課題を量子コンピューティングで解決しようとする中で、異なる課題同士でも数理モデルの類似性というのはあります。例えば、タクシーの最適な配置分布みたいなものを考える数理モデルがあれば、それは飛行機の最適な運行スケジュールの設計などにも応用が利きます。前述の「溝」を埋める作業を数理モデルの横展開で解決できるわけです。

一旦、数式(数理モデル)の形にすることができれば、そこからはやりやすい。そうであれば、業界や課題が違っても、数理モデルの適用を横展開しクラウドに落とし込んだのが JijZept ということになります。Jij は PoC ベースでさまざまな企業の研究開発を支援していますが、その効率も格段に上がります。(西村さん)

Jij はさまざまな業界の企業と共同研究を行っていますが、量子コンピューティングで得られた解を実務に反映することで効率化されるインパクトが大きい業界、例えば、物流、通信、材料探索などの分野でニーズが高いとのこと。協業する業界が増えれば増えるほど、それぞれに適した最適な数理モデルが作られ、JijZept はより〝賢く〟なっていく、というわけです。

JijZept は、量子技術を活用した最適化計算を高速・円滑化するミドルウェアサービス。数式ライクなモデリングツール、数理最適化API、ベンチマーキング機能、クラウド開発環境等を通じ、数理最適化の計画・実装まで円滑かつ簡潔に行うことができる。
Image credit: Jij

JijZeptは、Jijが企業と共同研究しているプロジェクトで使われるだけでなく、サービス単体で利用するユーザの裾野も広がっています。数理モデルは作れるがそこから先のチューニングが自力で難しいユーザの利用ほか、汎用コンピュータで量子計算的な処理を行う技術「デジタルアニーラ」を開発する富士通とは「CaaS(Comupting as a Service)」分野で提携しています。

お客さんが持っている数理モデルから、デジタルアニーラを使う方法がわからない。どうしても、その繋ぎこみの部分が難しいんです。JijZeptはその繋ぎ込みの部分ができるということで興味を持ってもらっています。(西村さん)

プログラムへの採択で、世界展開にも活路

Image credit: Microsoft

Jij が Microsoft for Startups Founders Hub に採択され、その後、Azure Quantum Networkに参加することになった。

JijZept がβローンチしたのは2021年7月で、それより前からAzureを使っており、JijZept は Azure 上に構築しています。Azureのアーキテクトの方と定期的にミーティングする機会をいただき、クラウドサービスを構築・運営するための技術的な課題について、適宜アドバイスをいただくことができたのも大きかったと思います。

Azureでは、リソースグループという概念で複数のリソースをグループ単位で分けることができるので、(JijZeptのユーザにとっても)本番環境、試験環境で分けてAzureを使うときにリソースの切り分けが非常にラクなんです。ユーザインターフェイスについてもわかりやすいので、初めて使うユーザにも便利だと思います。(西村さん)

Microsoft for Startups 採択によりJij にはAzureクレジットが無償提供され、これがJijZeptの開発を進める上で技術的課題に試行錯誤する余裕が繋がり、Jij のチームが機能改善にリソースを集中することを可能にしました。また、JijZeptが「Azure Marketplace」に掲出されたことで、潜在顧客へのリーチ拡大にも貢献しています。

Azure Marketplace に掲出された「JijZept」
Image credit: Microsoft

スタートアップシーンでは、「宇宙スタートアップは、DAY1(営業開始日)からグローバル市場がターゲット」になるという定説があります。なぜなら、宇宙には国境が無く、世界のあらゆるペインに対して解決策を提示できる可能性があるから、というものですが、量子コンピューティングのスタートアップにも同じことが言えるかもしれません。

量子コンピューティングはあらゆる業界の課題解決の救世主となる可能性があり、また、日本のある企業のペインは、同時に世界のどこかの企業のペインであることもしばしばだからです。そんな理由から、Jij ではアメリカかヨーロッパに拠点を開設し、国際展開を計画しています。例えば、自動車メーカーが多いドイツなども魅力的な市場だと西村さんは言います。

日本のスタートアップが海外にポテンシャルを感じているように、海外のスタートアップもまた日本市場を狙っています。イギリスには量子コンピューティングのスタートアップが多く、日本市場進出に向け触手を動かし始めているところもあるようです。国内市場への浸透と海外進出は目下、 Jij にとって優先度の高いトピックの一つです。

Microsoft for Startups のカスタマープログラムマネージャー 金光大樹さん

Microsoftのパートナービジネス、多くのポートフォリオ、日本だけでなく海外のリソースなど踏まえてあらゆる側面からスタートアップ様に対してご支援できることをご提示、ご提供しています。特に今回のケースでは、Azure Quantum Teamと連携をしながら、日本の好事例をMicrosoft の世界最大の技術カンファレンス Microsoft Buildなどでも日本初の事例として大きく取り上げさせていただいております。

Microsoft for Startups Founders Hubでは現在 20,000社を超えるスタートアップが採択されており、それらの知見やベストプラクティスなども日本のスタートアップの皆様に共有させていただいています。(Microsoft for Startups のカスタマープログラムマネージャー 金光大樹さん)

量子コンピューティングのスタートアップは、国内でも数は決して多くないので、必然的にユースケースや業界動向の把握、ひいては、顧客のリード獲得もグローバルでやっていくことが前提になります。全世界にネットワークを持つ、Microsoft for Startups Founders Hub や Azure Quantum ネットワークは、来るべき Jij の国際展開に大きな追い風となるでしょう。

数理最適化クラウドで、量子コンピューティングの社会実装を加速ーー世界を変える8つのテクノロジー/Jij CTO 西村光嗣氏 #ms4su

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