世界中でオーバーツーリズムが問題となっている。地元住民の暮らしや自然環境を守る「責任ある観光産業」「持続可能な観光産業」をどうすれば実現できるのか。観光客の受け入れ制限をはじめ、業界や地域全体が対策に知恵を絞っている。そんな中、欧州人にとって人気の旅行先であるオランダ・アムステルダムでは、日本では考えられない「対策」が進んでいる。
「私たちはここに住んでいます」
アムステルダムは長年オーバーツーリズムに悩まされてきた。人口92万人の都市に、年間2000万人が訪れているのだから無理もない。筆者は2022年11月に滞在したのだが、アンネ・フランクらがナチスの迫害から逃れるために隠れて住んでいた「アンネ・フランクの家」にしてもゴッホ美術館にしても、見学が叶わなかった。チケットが売り切れていたからだ。外観だけでも見ようと思い、アンネ・フランクの家に行ってみた。外に施設スタッフがいたので一体どれくらい前までにチケットを入手する必要があるのか尋ねたところ、「少なくとも1週間前」と言われた。
アムステルダム中央駅からすぐ近くの歓楽街も、人でごった返していた。夕方以降は若者らの声で騒がしくなる。道は汚れており、あまり清潔とはいえない。運河を歩くと「立ち小便をしないで」「私たちはここに住んでいます」などとする看板が至る場所に見られる。大麻の使用や飲酒を目的にアムステルダムを訪れる観光客も多い。現地の報道によると、観光客の迷惑行為は以前から問題視されてきた。
「来ないで」キャンペーン
こうした状況を受け、アムステルダム市議会は今年、「ステイアウェイキャンペーン」の実施を発表した。特定の国の若い男性が「パブ・クロール・アムステルダム」、つまり「はしご酒 アムステルダム」などのワードで検索すると、ドラッグやアルコールのリスクを伝えるオンライン広告が表示されるものだ。
また、アムステルダム市議会は、観光客数の制限や公害抑制を目的に、中心部にあるターミナルへのクルーズ船の出入りを禁止することも決めている。明確にターゲットを定めた上で、「来ないで」というキャンペーンを打つことや、クルーズ船の寄港を禁止することは、日本では想像できない。
「日常的な暮らしと文化の体験」で持続可能な観光に
一方で、単に観光客数を抑制するだけで、持続可能な観光産業が手に入るのか疑問である。まずは観光客に来てもらわなくては成り立たない産業だからだ。では、どうやって地域住民の暮らしや環境を守りながら観光産業を維持していけばよいのか。
そのヒントとなる記事を、英BBCが今年8月23日に配信している。「アムステルダム 悪質な観光客と戦う欧州の首都」と題した記事では、「観光客と地元住民の双方に利益をもたらす、クリエイティブで持続可能なアクティビティー」を紹介している。
ブラウンカフェ、サイクリングツアー、混雑していない美術館・ギャラリーめぐり、公園・ピクニック・ゲゼリグ。
ブラウンカフェとは、アムステルダムに古くからあるスタイルのパブのこと。木の温もりが感じられる内装で、食事やお酒を気軽に楽しめる。筆者は滞在中に何度も利用したが、古い時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚える、素晴らしい空間だった。
アムステルダムは自転車レーンが整備されており、市民らは通勤の足としてごく普通に自転車に乗る。サイクリングツアーは、オランダの暮らしを体験できるものともいえよう。筆者も自転車で移動したが、コンパクトなアムステルダムを効率よく見て回ることができた。
オランダには400を超えるミュージアムが存在しており、その多くは待ち時間なしでも入れる。ニッチな美術館をまわるのは楽しいものである。
ゲゼリグとは、「心地よい時間」を意味するオランダ語で、公園やカフェで家族友人らと語り合ったりゆっくり過ごしたりする概念である。11月に入るとアムステルダムは寒さが厳しくなる。筆者は暖房のきいたブラウンカフェでオランダの友人らと語り合い、まさに「ゲゼリク」を体験したわけだが、厳しい環境だと人の温かさをより感じられる。
これらは基本的に、オランダの日常的な暮らしと文化を体験するものといえる。そして、街の秩序を乱すものでなく、持続可能な観光につながるものでもある。「日常的な暮らしと文化の体験」は、日本でもオーバーツーリズム解消のヒントになるであろう。
https://forbesjapan.com/articles/detail/65909