中国に対する先端半導体の輸出規制に関する日米交渉が大筋合意に至った。米国は日本に対して自国と同レベルの規制を求めており、半導体製造装置の分野が大きな影響を受ける。米国と中国の対立は今後も先鋭化する可能性が高く、日本企業は米中対立を大前提とした新しい生産体制の構築を迫られそうだ。
中国に対する先端半導体の輸出規制に関する日米交渉が大筋合意に至った。米国は日本に対して自国と同レベルの規制を求めており、半導体製造装置の分野が大きな影響を受けることになるが、今後、日本企業はどのような対応をすべきか?
(Photo/Getty Images)<目次>
正式に発表されない理由
米国政府は2022年10月、中国に対して最先端半導体の技術輸出を規制する枠組みの導入に踏み切った。これまで米国は、中国の通信機器メーカー華為技術(ファーウェイ)など、特定企業に対する半導体の輸出を許可制にするといった各種規制を加えてきた。米国製半導体が軍事転用されたり、中国が最先端半導体の製造技術を獲得することを防ぐのが主な狙いである。
米国は今回の決定で一連の枠組みをさらに強化し、中国企業全般に対して輸出制限をかけると同時に、製造装置など周辺分野も規制の対象に加えた。規制には人材に関する分野も含まれており、すでに中国からは米国人技術者が多数、帰国しているとの情報もある。
米国政府は半導体製造装置に一定のシェアを持つ日本やオランダに対して規制に同調するよう強く求めており、日本側の対応が注目されていた。岸田首相とバイデン大統領は1月14日、首脳会談を行い、中国に対する包囲網を強化することで一致したものの、岸田氏は具体的な輸出規制について明確な回答を避けていた。
日本は半導体のシェアをほとんど失った状態にあり、半導体製造装置や素材などの周辺分野だけで何とか存在感を保っている。ここで米国と同じ規制を導入してしまうと、主要顧客である中国への輸出が激減するリスクがあり、業界からは影響を懸念する声が出ていた。
対中包囲網の強化という安全保障上の政策は、日米同盟という日本外交の基軸を考えた場合、米国に同調しないという選択肢はありえない。具体的にどこまでの製品が規制対象に入るのかという部分を巡って水面下の交渉が続けられてきたが、大筋で合意に至った可能性が高い。今、筆者が「可能性が高い」と書いたのは、この件について、日米両政府からは正式な発表が出されていないからである。
中国との対立がエスカレートする可能性があることや、株式市場などへの悪影響を考慮して正式発表は見送ったものと考えられるが、市場にとっては業績悪化リスクを可視化できないという問題を抱えることになった。
半導体シェアを失いつつある中、米国が求めるレベルの規制を導入してしまうと中国への輸出が激減するリスクがあるが……
(Photo/Getty Images)
半導体分野にとどまらない可能性も
半導体製造装置の市場では、米アプライドマテリアルズがシェア1位(約19%)、オランダASMLがシェア2位(約18%)、東京エレクトロンがシェア3位(約15%)となっている。
日本の半導体製造装置の海外売上高(2021年度)は約3兆円となっており、全体の3分の1が中国向けとされる。今回の輸出規制は、高精度なフォトリソグラフィなど最先端半導体の製造に関わる製品が中心になると予想されており、中国向け輸出全体が制限されるわけではない。だが東京エレクトロンにとって、中国メーカーは最大顧客のひとつであり、一連の規制による影響は無視できないだろう。
今回の規制発動を受けて、中国は幅広い製品分野において内製化を急ピッチで進めていくと予想される。これまで日本から輸入することが大前提となっていた製品についても、国策として育成された中国メーカーが担うことになれば、日本メーカーは販売先の多くを失うだろう。
半導体は米国が対中包囲網の中でも最も重視している分野であり、政治的な関心が高い。そうであるがゆえに、規制に関する交渉が顕在化した格好だが、今後は他の分野においても同様の問題が発生する可能性が高い。
米中は基本的に対立路線を深めており、米国は西側各国にあらゆる分野で同調を求めてくると予想される。一方、日本は輸出・輸入とも中国が最大の貿易相手国となっており、米国の対中包囲網に同調すれば、ほぼ100%日本企業の業績に影響する。
ソニーはどのような対処を進めているか?
すでに多くの日本メーカーが一連の事態に対処するため、サプライチェーンの見直しに動き始めている。
ソニーは、日米欧で販売するカメラの生産を中国からタイの工場に移管し、中国の工場は今後、原則として中国向け製品しか製造しない方針を打ち出した。ソニーの場合、中国向け製品の比率はそれほど高くないと考えられるものの、日本の主力産業となった部品メーカーの多くは、販売の3割から5割程度を中国あるいは中華圏に依存している。
これまでの時代は、世界単一市場を前提にした上で、国際分業体制をいかに構築するのかが重要な経営課題であった。だが今後は、米国、中国、欧州の3つに市場が分断されていく可能性が高く、各社のサプライチェーンはそれを前提としたものに組み替える必要性が高まっている。
分断化を前提にした、新しいサプライチェーンの構築が必要
ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は、全世界に通じる商品を提供することを同社の基本戦略としつつも、各国に展開した地域拠点が同一のビジネスをするのではなく、民族、宗教などローカルなニーズに応えていく必要があると述べている。
一連の国家対立によって、貿易が完全に滞ってしまうわけではなく、引き続き国際分業体制の構築が重要な経営課題であり続けるのは間違いない。だが、かつてのようなグローバル単一市場を前提にしたシンプルな戦略はもはや成立せず、ある程度、分断された経済圏の中で、可能な限りグローバルな分業体制を構築するという、新しいサプライチェーンにシフトせざるを得ないだろう。
具体的には、中国向けと北米向けで製造拠点や物流網を個別に構築することになり、購買などにおいてボリューム・ディスカウントが効かなくなることが予想される。地域ごとに個別の商品開発が必要となった場合、R&D(研究開発)投資にも重複が出てくるだろう。
一連の変化が全体的なコスト増加要因になるのは間違いなく、企業はコスト増加を前提にした製品戦略や価格戦略を余儀なくされる。
日本の場合、輸出金額の伸びに比して、輸出価格が上昇していないという問題があり、多くの分野において価格引き下げを余儀なくされている。今後、国際社会の分断化が進めば、企業の調達コストが増加し、低価格戦略を基本としていたメーカーは立ち行かなくなる。
今回の日米合意が示すように、国家間の対立とそれに伴う貿易上の制限は、正式にアナウンスされない形で、水面下で進む。多くの関係者が気付いた時には、サプライチェーンが大きく変わっているということも十分に考えられるのだ。従来型の低価格戦略を継続している日本企業は、一刻も早くこれをあらため、高付加価値な製品戦略に舵を切る必要があるだろう。
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