デジタルトランスフォーメーション(DX)専門組織の立ち上げアプローチについて解説しました。その中で、「その道のりにはさまざまな障壁や予想し得ない事案が発生する」と述べましたが、これらの問題を解決していくには相応の工夫が必要になります。とりわけ、人に対するチェンジマネジメントこそが非常に困難となります。今回は、この人の意識改革にフォーカスし、全社DXの推進を阻害する5つの障壁(図1参照)とチェンジマネジメントの方向性を解説します。
全社DXの取り組みは、意識改革と同義であり、これは想定される抵抗※に対して、あらかじめその手立てを講じておく活動とも言えます。そのためには、この過程の節目(乗り越える壁)ごとに何をすべきかを明確にし、実行計画に落とし込むことが必要です。
※ここでいう「抵抗」とは、改革当事者の心理的抵抗を指し、例えば、「これを言ったら誰かの反対にあいそう=無難にまとめよう」といった消極的心理が働くことにより、改革が進まない/効果が薄まるといった状態を指します。この打ち手で有効なのは、改革の取組み姿勢を組織として承認し、実施者の心理的負担を取り除くことと考えます。
全社DX推進を阻害する以下の5つの障壁について説明します。
1.認識の壁:現状を肯定し、変革の必要性を否定する状態
2.判断の壁:何をすればよいのか分からず、思考が停止している状態
3.納得の壁:理屈はそうだが実際には無理と、変革を受け入れない状態
4.行動の壁:計画だけ作って安心し、実行するのは自分じゃないと考える
5.継続の壁:変革を持続できない
「1.認識の壁」は、最も初期の段階です。「DXって何だろう?」という疑問にように、デジタル施策推進について、全社的にも「そもそもこの取り組みが必要だと認識していない」状態です。特に、DX時代到来の感度が低く、現在のビジネス(売上高など)が快調な企業であればあるほど、「なぜ、わざわざ今DXを推進する必要があるのか」といった状態から動けていないケースが多く見受けられます。本連載の第10回でも解説したように、この状態を脱するには、DX専門組織がリードして社内の啓蒙活動を粘り強く、継続的に進めることが必要です。
「2.判断の壁」は、DXへの理解が若干進んでおり、「DXは有用らしい」という価値観を抱くものの、デジタル施策推進については、全社的に「DXが仮に必要だと認識しても取り組みのアプローチが有効だとは判断できない」状態です。日本企業の多くが、この状態にあると筆者は考えています。この状態を脱するには、DX専門組織がステークホルダーとコミュニケーションする際に、「そもそもビジネス課題は何なのか・どこにあるのかを」定量、定性の両面で説明し、DXによる解決の方向性を把握してもらうことが必要です。そして、とにかくこの状況を脱出することが、その後の壁を乗り越えるカギになります。
「3.納得の壁」は、DXの有用性を理解しており、「DXを進めてみたい」という価値観は持つものの、全社的なデジタル施策推進については、「取り組みアプローチが有効だと理解していても、それが自分たちに最適だとは納得できていない」状態です。この状態を脱するには、DX専門組織が、「実現可否を論ずる前に仮説ベースで幾つかの施策を検討し、あるべき姿を共有」することが必要です。あるべき姿については、受益者に十分な便益がもたらされることをDX専門組織がしっかり論理的に説明することが重要です。
「4.行動の壁」は、DXでもたらされる便益を理解しており、「DX効果を実感」という価値観は持つものの、デジタル施策推進については、全社的に「特に反対はしないが、自分達が当事者として動く必要性を感じていない(または動きたくない)」状態です。この状態を脱するには、DX専門組織が施策の計画を立てて試行し、その結果を評価し、判明した課題とその打ち手を実行計画に反映し、受益者へ共有・説明することが必要です。実行計画については、DX専門組織だけではなく、ステークホルダーである事業部門の協力がないと完結・成功しないことも明確に伝え、協力を仰ぐべきです。
なお、「3.納得の壁」と「4.行動の壁」のステージ、つまりDX Ready※の状態への到達が最初の関門になります。ここに到達し、さらに脱することができれば、いったんは全社DXを阻害する障壁が破壊され、ステークホルダーもオーナシップを持って、全社DX推進に積極的に参加するようになるでしょう。
DX Ready:DXを進める上での一定の準備ができている状態。
「5.継続の壁」は、幾つかのデジタル施策案件を経験して、「いったん始まったものの、疲弊してしまい、続けたくなくなる」状態です。この第2の壁の状態を脱するには、DX専門組織がリードし、実施効果のモニタリングや評価、分析など、改革のモメンタム継続のための体制を構築、維持していくことが必要です。これまで論じてきた通り、「表彰制度を設ける」「評価項目にDX貢献度を加える」など、社員へのインセンティブも駆使してモチベーション維持に工夫をしてくことが肝要です。
一歩進んだHXを実現する不文律分析
前述したように、DXの理解度や興味関心に沿ってDX専門組織がさまざまな働きかけをしても、人の意識改革は一朝一夕にはいかないかもしれません。DXよりも難しいのは、むしろ「HX(Human Transformation:ヒューマントランスフォーメーション)」であると筆者は考えています。そこで、もう一歩進んだ「HXを実現する不文律※分析」に踏み込んで解説を進めます。
※不文律:具体的な文章にはされていないものの、暗黙のうちに組織の中で守られている決まりやルールを指します。
変革や新しい文化の形成に対する抵抗・障害の要因は、組織文化と密接に関連します。組織に根差した価値観に基づいて、変革への支障となる要因を解き明かすのに有効なのが、「不文律分析(変革への意識調査)」です。デジタルトランスフォーメーション(DX)やITに限らず、過去の業務改革のプロジェクトで発生した典型的抵抗パターンがあるとすれば、また、何らかの取り組みでマネジメント層が難色を示すとしたら、そこにはある種の「力学」が存在するはずです。組織の不文律を明らかにするためには、「モチベーター、イネーブラー、トリガー」といった3つの組織力学の要素を因数分解して調査・分析することが有益です
ここで、不文律分析における3つの組織力学の要素を解説します。
モチベーター(動機づけ要因):人々にとって何がご褒美と思われているか<Knowing why(what)>
イネーブラー(動機実現促進者):やりたいことを実現するのを助けてくれそうなのは誰か<Knowing whom>
トリガー(動機実現の引き金、契機):どうすれば、どのようなことがあれば何がきっかけとなって、人々の動機が実現されていくのか<Knowing how>
全社DX推進をする上で、リテラシーレベルではなく、全社員の意識調査を行った事例を紹介します。調査項目や質問文定義において考慮したのが、この3つの組織力学の要素です。また、全社DXに向けたHXを実現するためには、社員のどのような意識を探ればよいのかという観点について、
「1.モチベーター」では、「変革へどのような障壁をクリアすれば従業員をモチベートし、自律的に参加してもらえるモメンタムが作れるか」といった解決策を探るべく、
デジタル施策推進に参加していく上で、どんなことがあれば自身もその便益を享受できる、実感できると思えるか
デジタル施策推進の参加について、参加しづらい理由はなにか
といった内容を調査します。
「2.イネーブラー」には、「変革に参加した際に、どのような障壁をクリアすれば自身が丸投げされる不安を払しょくし、参加してもらえるモメンタムが作れるか」といった解決策を探るべく、
デジタル施策推進に参加していく上で、リーダー、責任者、または上位のメンバーにどのようなことを期待しているか
デジタル施策推進の参加について、リーダー、責任者、または上位のメンバーとのかかわり方に不安な点はあるか
といった内容を調査します。
「3.トリガー」には、「変革に参加した際に、自身の存在感を示すにはどのような場面があれば、または、そのような場面が無ければ、参加してもらえるモメンタムが作れるか」といった解決策を探るべく、
デジタル施策推進に参加していく上で、自身の活動を発信していく場に要望はあるか
デジタル施策推進の参加について、自身の活動を発信していくことに不安な点はあるか
といった内容を調査します。
全ての社員がDX活動に参加し、責任を持ち、発信することを望んでいるわけではありません。その反対に、DX活動に参加し、自身の存在意義を明確に示すことを機会ととらえている社員もいるはずです。これらの不文律を可視化することで、DX専門組織として「効果があるだろう」という単一的・一方的な価値観で啓蒙を進めるのではなく、社員の意識レベルを把握し、柔軟かつ戦略的にチェンジマネジメントを推進していくことが人の変革のカギとなるでしょう。
塩野拓
KPMGコンサルティング Corporation Transformation Strategy ディレクター
日系SIer、日系ビジネスコンサルティング会社、外資系ソフトウェアベンダーのコンサルティング部門(グローバルチーム)などを経て現職。製造・流通、情報通信業界を中心に多くのプロジェクト経験を有し、RPA/AIの大規模導入活用コンサルティング、営業/CS業務改革、IT統合/IT投資/ITコスト削減計画策定・実行支援、ITソリューション/ベンダ評価選定、新規業務対応(チェンジマネジメント)、PMO支援、DX支援などコンサルティング経験が豊富。
https://japan.zdnet.com/article/35182531/