INDEX
①現実空間をデジタル空間上に再現した「デジタルの双子」
②デジタルツインとメタバースは何が違うのか
③製造業やプラントの業務効率化やコスト削減に活用
④国交省や東京都、トヨタも活用、街づくりや医療にも広がるデジタルツイン
⑤2026年には5.5兆円市場を予測、デジタルツインの課題とは
IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)などのテクノロジーを使って、現実空間の情報を取得し、仮想空間上にその環境を再現する「デジタルツイン」が注目されている。デジタル空間で現実空間の状況分析やシミュレーションを行い、予測やサービス向上などに役立てるのが主な用途だ。製造業をはじめ、現在さまざまな分野で活用が進むデジタルツインについて解説する。
現実空間をデジタル空間上に再現した「デジタルの双子」
デジタルツイン(Digital Twin)とは直訳すると「デジタルの双子」という意味。現実空間にあるモノやプロセスを文字通り“双子”のようにデジタル空間上に再現して、モニタリングやシミュレーションを可能にする技術である。
デジタルツインの概念は2002年、現フロリダ工科大学教授のマイケル・グリーブス氏が、製造業におけるPLM(製品ライフサイクル管理)の基盤モデルとして提唱したことで、学術界・産業界に広まった。その後、2010年に発行されたNASAのロードマップレポートで、主任技術者のジョン・ビッカース氏がこの概念を「デジタルツイン」と名付けている。
デジタルツインは、現実空間とデジタル空間、そして両者をつなぐ情報連携の3つの要素で構成される。デジタルツインの実現には、現実空間の状態(データ)を継続的に感知するためのセンサーや、データ通信のためのネットワーク、収集したデータをまとめて管理し、分析や予測を行うための情報基盤などのテクノロジーが必要となる。
具体的には現実空間をモニタリングするためのIoTや、データ蓄積のためのクラウド、データ解析のための機械学習(ML)、人工知能(AI)、LPWAや5Gといった通信などの技術がデジタルツインに活用されている。取得したリアルタイムデータや予測データをデジタル空間上へ反映することにより、現実空間を再現・予測するデジタルツインとして、動的なモデルを表示したり、シミュレーションしたりする仕組みを実現している。
デジタルツインとメタバースは何が違うのか
デジタルツインとよく比較されるのがメタバースだが、どのような違いがあるのか。
デジタルツインは前述のとおり現実空間の双子、つまりコピーをデジタル上に再現することで、シミュレーションなどに用いることを想定している。一方でメタバースは必ずしも現実空間を再現することを想定していない(実際には現実空間を再現したものも存在するが)。また、メタバースはユーザーがアバターとして参加し、ゲームやコミュニケーション、経済活動などを行うプラットフォームとして利用するケースが一般的だ。
一概には言えないが、大きく分ければデジタルツインは「シミュレーションのために現実を再現したデジタル空間」、メタバースは「コミュニケーションのためのデジタル空間」と考えられるだろう。
製造業やプラントの業務効率化やコスト削減に活用
製造業において、製品設計や製品データ管理を行うPLMを支える概念として、世の中に広がったデジタルツイン。その後も製品や製造ラインのシミュレーション、プラントシミュレーションなどに活用されている。
デジタルツインの活用効果としては、業務効率化やコスト削減が挙げられる。たとえば製造ラインの一部を変更する場合などに、デジタルツイン上で事前にテストを行えば、最も効率の良いライン設計や、開発期間・コストの削減につなげることができる。
また、デジタルツインによって、リードタイム縮小などの付加価値向上も図ることが可能だ。製造業や建設業の企画設計プロセスにおいては従来、実体のあるプロトタイプを製作してテストを行っていた。しかし、デジタルツインを活用すれば、材料費や人件費などのコストを減らすことが可能だ。再設計・再試験もバーチャルに実施できるため、製品開発のリードタイム縮小効果が期待できる。
さらに、製品の故障予知などにもデジタルツインは活用できる。たとえば同じ工程で製造・出荷された2つの製品の出荷後の稼働状況をIoTで把握し、データを蓄積していけば、故障する可能性を事前に察知し、アラートを通知することも可能だ。
米GEでは、航空エンジン「GE90」のブレードをデジタルツインで再現。時間経過によるエンジンブレードの損傷予測に利用されている。巨大な飛行機のエンジンはメンテナンスコストが高い。デジタルツインの活用により、ボーイング社などGEの顧客はメンテナンス頻度を最適化してコストを削減することができる。GEは発電所や鉄道などの製品にもデジタルツインを組み込んで提供し、顧客のコスト削減を図っている。
テスラのEVにもデジタルツインが活用されている。テスラ車にはセンサーが組み込まれ、それぞれの車両の環境や動作をクラウド上へ送信し、AIがデータを分析している。気候条件に合わせて車両の設定を適応させ、仮想的に性能を向上させている。また遠隔診断により、顧客がサービスセンターに行く頻度も減らすことができる。
国交省や東京都、トヨタも活用、街づくりや医療にも広がるデジタルツイン
近年では3DモデリングやIoT、AIなどのテクノロジーの発展により、デジタルツインで再現可能な領域や条件が広がり、さらに幅広い分野での活用が期待されている。
一例が、日本中の街を丸ごと3D都市モデル化する国土交通省主導のプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」だ。PLATEAUは、スマートシティをはじめとする街づくりのDX(デジタルトランスフォーメーション)推進のため、現実の都市をデジタルツインとして再現する試みだ。2021年8月には全国56都市、面積にして約1万平方キロメートル、建物約1000万棟分の3D都市モデルのオープンデータ化を完了した。
PLATEAUのユースケースとしては、交通量・人流等の都市活動のモニタリング、浸水シミュレーション等による災害リスクの可視化、都市開発のビジョン共有などが想定されている。そのほかVR空間での街歩き体験の提供や、空間認識技術を活用したAR観光ガイド、物流ドローンのフライトシミュレーションなどにも活用されている。
ほかにも、トヨタ自動車が東富士(静岡県裾野市)に建設中のスマートシティ「Woven City(ウーブンシティ)」も、2020年の発表当初から、デジタルツインを活用した街づくりを標ぼうしていることで話題を集めている。
また東京都は「デジタルツイン実現プロジェクト」として、2021年度から人流の可視化や地下埋設物の3D化による業務改善効果などの検証を進めている。東京都のデジタルツインは、サイト上で公開しており、誰もが閲覧することができる。
都市データのデジタルツイン化は日本だけでなく、各国でも行われている。米国では政府や州・地方自治体が保有する30万点以上の公共データを「DATA.GOV」でオープンデータとして提供。シンガポールでも政府主導で「バーチャル・シンガポール」プロジェクトを推進し、インフラ管理や防災シミュレーションなどに役立てている。
また“人体”という現実空間をデジタルツインとして再現し、医療に役立てる試みも進んでおり、手術や治療のトレーニングや、新たな医療・薬剤のシミュレーションに使われている。その他、高い安全性が求められる医療機器のデジタルツインによる管理や、病院の建物など施設のデジタルツイン活用も行われている。
2026年には5.5兆円市場を予測、デジタルツインの課題とは
調査会社・MarketsandMarketsのレポートは、2020年に31億ドル(約3500億円)だったデジタルツイン市場が、2026年には482億ドル(約5兆5000億円)に達すると予測する。市場拡大の理由には、COVID-19により医療・製薬業界で需要が増加していること、他業界でも保守点検の在り方の変化や設計・生産における利用が増大したことが挙げられている。
製造業だけでなく、さまざまな業界で活用が進むデジタルツインだが、さらなる普及には課題もある。
デジタルツインはセンサーデータに基づいてシミュレーションを行うが、モニタリングされていない周辺環境との相互関係を予測することは難しい。しかし現実世界に実在するすべての要素をくまなく測定してシミュレーションすることは、事実上困難だ。
こうした課題に対してデジタルツインでは、「バーチャルセンサー」と呼ぶ機能を用いて、想定される挙動や変化をデジタル空間上でセンシングし、現実空間で設置するセンサーの数を減らすという方法をとっている。
また、活用範囲が広がったことで、新たな課題も生まれた。街や医療におけるデジタルツインにおいては、個人情報を取り扱うこともある。このため個人情報保護の法令遵守や、モニタリングの対象となる人々の理解を得ることが欠かせない。スマートシティの開発におけるデジタルツインの活用や、ウェアラブルデバイスをデジタルツインと組み合わせた先進的な療法の提供のためには、この点でまだ解決すべき課題も残されている。