CTに新たな進化をもたらす技術として2021年に登場したのがフォトンカウンティングCTである。ドイツの医療機器大手であるSiemens Healthineersが開発を進める中で、実用化に大きく貢献したのが、沖縄を拠点とする研究開発型メーカーのアクロラドの技術だった。

医療現場ではさまざまな検査装置が用いられているが、その中でも医療そのものを大きく変革したのが発見者であるヴイルヘルム・レントゲン氏の名前で呼ばれることもあるX線を用いたX線検査装置だろう。現在でも、X線フラットパネルディテクター(FPD)によってデジタル化されたX線検査装置が広く利用されている。しかし、X線検査装置で得られる画像は2次元であり奥行きに関する情報は得られない。より詳しい検査を行うには、体内のどの箇所に疾患があるのかなどを把握できる3次元の画像が求められる。

 CT(Computed Tomography:コンピュータ断層撮影)装置(以下、CT)は、X線検査の原理を基に、身体をあたかも輪切りにして見るかのような断層撮影の2次元画像を積み重ねていくことで体内の状態に関する3次元画像を得られるようにした検査装置である。1885年のX線の発見から約90年後の1970年代年に登場したCTは、X線検査装置と同様に医療現場に広く導入されており、さまざまな患者の疾患を治療するのに役立ってきた。

 2021年、このCTに新たな進化をもたらす技術が登場した。ドイツの医療機器大手であるSiemens Healthineersが、業界に先駆けて開発したフォトンカウンティングCT「NAEOTOM Alpha(ネオトム アルファ)」である。X線の光子(フォトン)を直接計測(カウンティング)することから名付けられたフォトンカウンティングCTだが、その実現には日本の技術が大きく貢献しているのだ。フォトンカウンティングCT「NAEOTOM Alpha」の外観[クリックで拡大] 出所:シーメンスヘルスケア

固体シンチレーション検出器を基にしたCTの技術進化が飽和

 そもそもCTは、X線が患者の身体の周囲を回ることによって断層撮影を行う装置である。身体を透過したX線を検出する検出器としては、当初はキセノンガスを使うイオンチェンバー検出器が用いられていたが、1997年からは現行のCTに広く搭載されている固体シンチレーション検出器が採用されるようになった。以降のCTの進化は、固体シンチレーション検出器の多列化や高精細化によって進められるとともに、ノイズ低減やAI(人工知能)活用といったソフトウェア開発が主導してきた。シーメンスヘルスケアの田中秀和氏シーメンスヘルスケアの田中秀和氏

 Siemens Healthineersの日本法人であるシーメンスヘルスケアでダイアグノスティックイメージング事業本部 CT事業部 プロダクトマネージャーを務める田中秀和氏は「ただし、固体シンチレーション検出器を基にしたCTの技術進化は2010年ごろから飽和し始めた。この技術限界を超えるために研究開発が進められてきたのがフォトンカウンティングCTだ」と語る。

 固体シンチレーション検出器を用いるCTでは、X線を可視光に変換した上で、さらにフォトダイオードで光から電気信号に変換するという2段階の工程が必要になる。また、飛散する光を集めるために検出器には隔壁を設置する必要があり、これが画像分解能の限界になっていた。一方、フォトンカウンティングCTは、先述した通りX線の光子を直接計測する技術であり、2段階の工程が必要な固体シンチレーション検出器とは異なり1段階で済む。さらに、隔壁が不要になるので、これまでの画像分解能限界を超えられるというわけだ。従来型CTとフォトンカウンティングCT(PCCT)の技術比較[クリックで拡大] 出所:シーメンスヘルスケア

 田中氏は「一般的なCTで得られる3次元画像はモノクロで、画素数もブラウン管テレビとほぼ変わらないレベル。フォトンカウンティングCTは、この白黒のブラウン管テレビがフルカラーのハイビジョンテレビになるようなイメージだ。CTの発明から約25年後に固体シンチレーション検出器が登場したが、そこから約25年でCTに新たなイノベーションをもたらすフォトンカウンティングCTを実用化できたことになる」と説明する。

沖縄のアクロラドが手掛けるCdTeベースの半導体素子でブレークスルー

 フォトンカウンティングCTについて、2003年に基礎研究レベルでの原理解明が行われた後の実用化に向けてボトルネックになっていたのが検出器に用いる放射線検出素子だった。そこでブレークスルーとなったのが、沖縄を拠点とする研究開発型メーカーのアクロラドが手掛けるCdTe(カドミウムテルライド)ベースの半導体素子だった。アクロラドのWebサイト[クリックでWebサイトへ移動]

 2005年には、シーメンス(当時)とアクロラドによる共同開発が始まり、2012年にはアクロラドはシーメンスグループに加わった。そして、2014年に米国国立衛生研究所をはじめ3カ所にフォトンカウンティングCTのプロトタイプ装置が納入され、臨床試験が開始された。「アクロラドのCdTeセンサーによって光子を安定して検出できるようになったものの、実際に光子をカウントする電子回路の開発など、さまざまな技術開発が必要であり、共同開発の開始からプロトタイプ装置の納入まで約10年が必要だった」(田中氏)という。

 その後も、量産装置の開発に向けた取り組みが鋭意進められ、このプロトタイプ装置の納入から7年後の2021年9月にFDA(米国食品医薬品局)による医療機器の認可を得ている。その後欧州でも認可を取得しており、日本でも2022年1月の薬機法の認可を得て市場導入は始まっている。現状、フォトンカウンティングCTを量産出荷しているのはSiemens Healthineersだけであり、まさに業界に先駆けた存在になっている。田中氏は「アクロラドによる日本の卓越した技術と、Siemens Healthineersによるドイツの医療機器開発力の融合の成果だ」と強調する。

フォトンカウンティングCTの3つの特徴

 フォトンカウンティングCTは「高分解能」「低被ばく/低造影剤量」「機能イメージング」という3つの特徴がある。

 固体シンチレーション検出器とは異なり検出器内の隔壁が不要になるフォトンカウンティングCTは、CTと比べて画像分解能も向上している。まさに田中氏が言及した、モノクロブラウン管テレビからハイビジョンテレビになったようなインパクトがある。例えば、人間の器官で最も小さいといわれる内耳の画像化が可能だ。厚さ0.1mmと極めて薄い鼓膜も明瞭に描出できる。頭部画像の撮影では、頭部内の細かな血管が見えるだけでなく、顔のしわや髪の毛まで描出できている。田中氏は「血管の厚みまで分かることは、今後の活用範囲が広がっていくのでは」と期待を込める。従来型CT(左)とフォトンカウンティングCT(右)の頭部画像の比較[クリックで拡大] 出所:シーメンスヘルスケア

 フォトンカウンティングCTはX線の光子を直接計測するため、2段階の工程を経る従来のCTと比べてX線の線量利用効率が高い。このため、低被ばく量でも安定した画像が、造影剤の量が少なくても高コントラストの画像が得られる。実際に、一般的な副鼻腔のCT検査の被ばく量は0.2~0.8mSvだが、フォトンカウンティングCTであるNAEOTOM Alphaでは100分の1に達する0.0063mSvで済む。

 さらに、NAEOTOM Alphaは2つのX線管と検出器を搭載しており、広範囲で素早く撮影が行えることも利点になる。70cmを超える広範囲の撮影は、従来のCTでは約10秒かかっていたのに対し、NAEOTOM Alphaは1秒未満で完了する。このため、心臓などの動きがある臓器でも安定した画像を取得できるだけでなく「息止めが難しい人や、検査中にじっとしていられない子どもでも大きな負担がなく撮影できる。特に、小児循環器では力を発揮するのではないか」(田中氏)という。

 機能イメージングは、X線のエネルギーを計測できるフォトンカウンティングCTの特徴を応用した撮影手法だ。エネルギー情報を基に微細なコントラストを描出したり、画像上の必要な部分を強調したり、不要な部分を削除したりできるので、診断するのに重要な情報が得やすくなる。石灰化のある下肢を撮影した場合。機能イメージングによって石灰化非表示の再構成を行うことで、動脈の閉塞(へいそく)が明らかになった[クリックで拡大] 出所:シーメンスヘルスケア

10年後にはフォトンカウンティングCTがよりスタンダードに

 現在、NAEOTOM Alphaは世界全体で90台以上が導入されており、このうち8台が日本となっている。

 最先端の装置であるため価格は安価とはいえない。従来型CTで最も高機能なフラグシップCTと比べても2倍の価格となっている。さらに、CTの延長線上ではないさまざまな機能を有していることもあり、放射線科医や放射線技師などのユーザーは読影のためのトレーニングが必要になる。シーメンスヘルスケアとしては、まずは大学病院や大型総合病院への拡販を進めて、各都道府県に1台はある状態にしたい考えだ。

 田中氏は「現時点では保険点数が従来型CTと同じなので、高価なことが導入のハードルにはなっている。しかし、高性能CTでも見直しが行われた保険点数の改定が期待できるとともに、当社としてもコスト削減に向けた取り組みを行い普及が進められる環境を作っていきたい。また、個人的な思いではあるが、10年後にはフォトンカウンティングCTはよりスタンダードな医療検査装置になっていると考えている。つまり、そうなるには当社だけでなく競合メーカーの参入も必要であり、そういった業界内での切磋琢磨も必要になるだろう」と述べている。

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