半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が8月20日、欧州では初となるドイツ東部ドレスデン工場の起工式を開いた。総投資額は約100億ユーロ(約1兆6000億円)でドイツ政府が半額を補助。2000人規模の雇用が創出されるとみられており、車載向け半導体などを中心に2027年末までに稼働開始予定だ。米中の緊張が高まる中、欧州側は安定した半導体供給を目指し、TSMC側も日本の熊本工場、米アリゾナ工場に続き、新たに欧州に拠点を設けることでリスクの世界的分散へと歩みを進めたかっこうだ。
独ドレスデン工場建設計画はTSMCが昨年8月に発表。起工式には式典には、現地工場を運営する欧州半導体製造(ESMC)を主導してゆくTSMCの最高経営責任者(CEO)の魏哲家(C.C.ウェイ)氏をはじめ、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長、ショルツ独首相らが出席した。
魏氏はTSMCの「先進的製造技術をもって欧州経済の発展を刺激し、技術革新を促していきたい」などとあいさつし、フォンデアライエン欧州委員長も「われわれ全員にとって真のウィンウィンの状況」と歓迎。ショルツ首相は、「われわれは持続可能な未来のテクノロジーを半導体に依存している」としたうえで、コロナ禍などで半導体の供給が世界的に滞ったことなどから、「半導体の供給を世界の他地域に依存してはならない。生産能力を欧州とドイツで拡大させることが重要だ」などと述べ、3年後の稼働に大きな期待を寄せた。
ロイターやブルームバーグなどによると、式典当日には欧州連合(EU)欧州委員会もドレスデン工場の建設主体・ESMCに対するドイツ政府の50億ユーロ(約8000億)の支援措置を承認した。 欧州半導体法で認められた政府の補助金としては過去最高額でドイツでは初め。欧州委員会の決定に対し、ハーベック独経済・気候保護相は「TSMCの投資はドイツと欧州の半導体の供給確保に貢献するだろう」と語り、計画の速やかな進展のため、資金調達の最終調整を早急に行う、と表明した。
この現地工場を運営するESMCに対し、TSMCは70%を出資。またドイツに本社を置く半導体製造の多国籍企業・インフィニオン・テクノロジーズと、エンジニアリング・テクノロジー企業・ロバート・ボッシュ、さらにオランダに本社を置く半導体メーカーNXPセミコンダクターズの計3社も10パーセントずつ出資しているが、欧州委は「ドレスデン工場施設はオープンファウンドリーとして運営され、TSMCと、株主3社に限らず、あらゆる顧客が特定の半導体の製造を注文できる」との声明も発表している。
ドレスデン工場での製造には最先端技術による半導体は含まれず、車載向けなど回路線幅12~28ナノ(1ナノは10億分の1)メートル相当の需要の大きい半導体製造が中心となる。
自動車産業には半導体の安定供給が求められているが、コロナ禍の最中には半導体の供給が滞り、各国自動車業界に大きな打撃となった。今後も電動化や自動運転技術を含むADAS(先進運転支援システム)などで需要の伸びが予測されるため同工場は欧州における安定供給の柱となる。
一方TSMCでは、現状自社の生産能力の9割が台湾に集中しており、「有事」なども念頭に最先端半導体以外の製造拠点を世界に分散させる戦略を立てており、今回、米アリゾナ工場や日本の熊本工場などに続いて欧州にも製造拠点が拡大した。
今年 11月の米大統領選の共和党候補・トランプ前大統領は、米ブルームバーグのインタビューに応じ、「台湾はアメリカから半導体チップビジネスのほぼ全てを奪い、莫大な富を得ている」」「台湾はアメリカに防衛費を払うべきだ」などと語ったことが7月16日に配信された際は、市場に警戒感が拡大しTSMCの株価は一時大きく下落するなど波紋が広がったが、米アップル、エヌビディアも重要な製品の製造をTSMCの半導体に依存しているのが実情で、TSMCの魏CEOはこの「トランプ発言」に対しても、海外拠点を拡大する同社の世界戦略に変更がない姿勢を強調。欧州でのさらなる製造拡大も予想されており、最先端技術を握る台湾企業の強みをうかがわせている。
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