AIは取って付けたように導入してもビジネス成果につながるものではない。技術以外のもの、たとえば組織文化や倫理、ビジネス面での対応も難しい。自社のビジネスにフィットするユースケースを特定し、メリットとリスクの定量化に役立つ「AI戦略文書」を作成することが必要だ。これにより、ビジネス部門とIT部門の連携を強化し、組織のAIに対する成熟度を高めていくことができる。AI戦略の計画と実行において押さえるべきポイントとAI活用の成熟度が高い企業に共通する5つについて、ガートナーのディスティングイッシュト バイス プレジデント, アナリスト、亦賀忠明氏が解説した。

執筆:畑邊 康浩

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ガートナー
ディスティングイッシュト バイス プレジデント, アナリスト
亦賀忠明氏<目次>

  1. AI戦略で求められる4つの柱とは
  2. プライバシー、倫理、バイアスのリスクを軽視してはならない
  3. 価値を創る「人」への投資方法
  4. AIを自社で構築すべきか、購入すべきか、APIを利用するか
  5. 組織のAI成熟度を高めるための「AI戦略文書」

AI戦略で求められる4つの柱とは

 AI戦略を策定する上で重要なのが、「ビジョン」「リスク」「価値」「導入」という4つの大きな柱だ。

 「ビジョン」における大きな目標は、ビジネス戦略やデジタル化目標との整合していくことにある。

 たとえば、すでにあるビジネス戦略にAIを当てはめればいいわけではなく、AIの特性を生かしたビジネス戦略を練り上げる必要がある。さらにそのビジョンを具体的なビジネス価値に転換していくためには、その成果を定量的な指標で評価することも忘れてはならない。

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ビジョンを明確な成功の評価指標に結び付ける
(出典:Gartner(2022年11月))
 たとえば、ビジネス上の目標が「顧客満足度の向上」ならば、組み込むべきAIのユースケースは仮想顧客アシスタント(チャットボット)やネクスト・ベスト・アクションなどが考えられる。

 その場合の評価指標は、顧客満足度指数やネット・プロモーター・スコア(NPS)などが適当だろう。定量的な目標に加え、それを「いつまでに」達成するか、スケジュールを明確にすることも押さえておきたいポイントだ。

 ただ、「とにかくAIをやってみた」という事実ばかりを追い求めると、ビジネス目標と整合の取れないAIを入れてしまったり、成否を評価する指標を設けずに始めてしまったりすることになる。すると結果として、ビジネス成果も得られず、失敗から学びを得ることもできなくなってしまう。

 亦賀氏は「AIの導入自体が目的になってしまうことはよくある」と指摘する。そうならないために、「ビジネス目標と用いるAIの合致、成否を判断できる指標を一度にらんでおく必要があります」(亦賀氏)

プライバシー、倫理、バイアスのリスクを軽視してはならない

 AI戦略においては、導入に伴う「リスク」にも注意を払っておくべきだ。リスクには、大きく分けて3つ、「規制」「評判」「コンピテンシー」に関わるものがある。

 「規制」の代表的なものとして、法的リスク、コンプライアンス、プライバシー保護に関するものが挙げられる。「特にヨーロッパではこれまでAI規制に関するガイドラインをいくつか出しており、2021年には欧州委員会が欧州AI規制法案を公表しています」と亦賀氏は海外の動きを紹介した。

 同法案では、あるタイプのAIは禁止するという厳格な内容もあり、日本の経団連はその定義のあいまいさなどを懸念する意見を表明している。EUだけでなく、規制の動向には注視が必要だ。

 「評判」に関するリスクは、バイアス、透明性の欠如、AIの意思決定に関するリスク、AIや機械学習への攻撃などがある。

 バイアスというのは、AIが学習するデータに偏りがあることによって、偏見・差別を助長するようなアウトプットが出てしまうような事例だ。たとえば、犯罪予測AIを構築しようと過去のデータで学習させたところ、特定の人種の犯罪可能性を高く判定してしまうといったケースがある。こうしたAIを使うことは、レピュテーションの観点でもリスクが伴う。また、AIのそうした特性を利用して、不適切なデータを学習させるような攻撃も考えられるということだ。

 意思決定に関するリスクとは、AIにクリティカルな決定を委ねてしまうことの危険性である。仮に、余命判定AIなるものが作られ、「あなたは1年以内に亡くなります。根拠は分かりません、AIの判定なので」と言われたらということを想像してみてほしい。判断の過程が分からないAIに、クリティカル・ディシジョンをさせてはいけないということだ。

 「コンピテンシー」は本来ポジティブな話だが、「コンピテンシーを高めようとするけれどもそれができないリスク」が潜んでいる。たとえば、技術的に難し過ぎてテクノロジー負債となってしまうリスクや、必要なスキルがそろえられないタレントマネジメントの問題、組織内部からのAIに対する抵抗などがそれに当たる。

 「これらリスクは一過性のものではなく、継続的に対応していく必要がある」と亦賀氏は指摘する。

 コンプライアンスについては非常に感度が上がっており、専任の担当者をアサインして、問題が起きていないか定常的に評判をモニターしておくべきである。また、MLOpsで開発・運用を進める上では、モデルとフィードバックのループのさらに上位にヒューマン・イン・ザ・ループを作り、人間の目を入れて、不適切なバイアスが反映されていないかといったチェックをしていく必要があるだろう。

 コンピテンシーに関するリスクを軽減するためには、現場やIT部門だけで物事を進めるのではなく、事業部門の役員などにスポンサーになってもらい、後ろ盾のもとで開発を進めることがポイントになる。

価値を創る「人」への投資方法

 「AIが価値を生むには、結局のところ価値を創る人を創出していかなければならない。テクノロジーがあっても、人がいなければリターンは出せない。だからこそ、人材への投資は必須です」と亦賀氏は話す。

 ベンダーへの過度な依存から脱却すること、ベンダーと協業する上で主体性を発揮できる人材の強化も重要だ。亦賀氏は、クライアント企業の複数の役員・シニア層が日本ディープラーニング協会のG検定を受け始めていると話し、AIに対する知見なくして戦略を考えることはできない旨をあらためて強調した。

AIを自社で構築すべきか、購入すべきか、APIを利用するか

 AIの導入に際しては、そもそもデータがあるかどうかを確認しておくべきだ。AIを構築しようというのに、データがなければ始まらないので、これは基本中の基本だ。

 さらに、テクノロジーの実現可能性についても前もって確認しておく必要がある。フレーム問題として知られるように、複雑な問題をAIで解決することは難しい。そのため、AIに解かせる問題をシンプルな問題にしなければ、最終的なビジネス成果にもつながらない。

 「大失敗のPoCというものがよくある」と亦賀氏は話す。PoCはプルーフ・オブ・コンセプトの略で概念実証などと訳されるが、仮説検証と言ったほうが分かりやすいだろう。「大失敗のPoC」とは、仮説がないのに検証しようとすることだ。AIに解かせる問題をシンプルなものにするためには、インプットとそこからのアウトプットを人間の頭でイメージできる程度の仮説に落とし込むことがポイントとなる。

 加えて、プロジェクトを推進できる人材・スキルの有無も前もって確認しておく必要がある。亦賀氏は、AIを自分たちで構築するのか、それとも購入するのか、アウトソースするかを判断するためのチャートを紹介した。

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“既製品”のAIで足りるなら購入し、使えるものがなければ構築へ
(出典:Gartner(2022年11月))
 一般的なユースケースで、コモディティ化されたソリューションで済ませられる場合、事前学習済みモデルをカスタマイズなしで使える場合は、既製のAIをAPI経由で使えばよい。たとえばGoogle翻訳などだ。ただし、多少のカスタマイズが必要な場合は、パッケージ・アプリケーションの購入を選択することになる。

 コモディティ化されたソリューションでは用をなさない場合は、AIを構築しなければならない。社内にデータサイエンス人材がいるか、外部から採用ができるなら社内で構築する、データサイエンス人材の当てがなければアウトソースするという判断になるだろう。

 「社外へアウトソースする場合でも、コミュニケーションができなければ頼みようがありません。基本のコミュニケーションができるレベルのAIの知見を持つ必要があります」と亦賀氏は注意を促した。

組織のAI成熟度を高めるための「AI戦略文書」

 ガートナーは調査により、AI成熟度が高い組織にはそれを推進する要因がどこにあるのか、有り体に言えば、「成熟した組織は、何が優れているのか」を明らかにしている。

  • AIが普及し、予算が自動的に割り当てられている
  • ビジネスKPIを使用して成功を測定している
  • AI人材に関して社内での採用と外部からの採用を組み合わせている
  • ハイブリッドな組織モデルを取り入れている
  • この手法をビジネス部門が信頼している

 上記のいずれも容易なレベルではないが、AIは一過性のブームではなく不可欠であることを踏まえて経営陣と交渉し、少なくとも毎年予算が自動的に出てくる状態に変えて行く必要がある。

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レベル5はビジネス・トランスフォーメーションする成熟度へ
(出典:Gartner(2022年11月))
 AIの成熟度を高めるということは、AIの活用を常に念頭に置くデータドリブンな組織文化への変革、すなわち「AIの民主化」を推進することでもある。最初はAIに関心を持つ人だけのグループで始めつつ、専任組織化、CoE(センター・オブ・エクセレンス)の設置を経て、ビジネスと融合させていくことで、組織全体のトランスフォーメーションを実現することができる。

「まずは、AI戦略文書を作成してみてください。ビジョンと潜在的なメリットをまとめ、リスクを軽減し、KPIを取得し、価値創出に向けたベストプラクティスを概説することです」(亦賀氏)https://www.sbbit.jp/article/cont1/104720

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